「俺は無力だ」
「……これで正しかったんでしょうか」
「あれだけの混乱を引きおこしやがったんだ、ぼこぼこに殴りつけたところで正当防衛だろ……」
「そうではなくて、ですね。わたし、たしかに
「あいつの言うことが本当なら……、そもそもの元凶はうちの大学病院で、あいつも被害者ではあるんだろう。
だから正直、分からない。正しさなんて分かるものか……。少なくとも友達をなくした。あいつはさ、入学最初の体力測定でペア作る時にさ、あぶれた俺に名字が近いからって声をかけてくれた、いい奴なんだ。いい奴だったんだ。だけどさ。あいつには、俺のツラもずっと灼けて、灰になっていくように見えていたんだなァ……」
「友達なら、わたしがいるではないですか。ともに屋台を食べ歩いた仲ではないですか。……あ、炙りトロサーモンどうですか」
「ありがとう」
「どういたしまして」
「俺は無力だ。こうして寿司を食べることしかできない……」
「世の大学生なんてそんなものです。ですから炙り鯖もどうぞどうぞ」
「ちくしょう。炙り鯖うめぇ」
「ちょっと話は変わりますけど……もぐもぐ……わたしも思いだしたことがあって」
「炙ってない鯖もうめぇ」
「思いだしたことがあって、ですね」
「もはや邪道のカリフォルニア巻きすらうまい」
「もぐ」
「…………」
「あの、お寿司はいいですね。ほら、泣きじゃくった塩分も、酢飯で補給みたいな」
「……俺も、ちゃんと泣けたら良かったのかなぁ。母さんの通夜でも、わけわかんなくなって寿司をひたすら食いまくっててさ」
「それはきっと天国のお母様も……、いえ、そうですね、わたしも小さい頃に参列した通夜では、そんな感じだったと思いますよ。感情が追いつかなくて、安い欲望に負けてしまうんですよねー。……そろそろ今日は、お開きにします?」
「そうですね。送りましょうか」
「いえ、遠慮しておきます。女子寮住まいなので、さすがにそれは」
「あ。……ごめん、俺なんか思ったより参ってるみたいで、一人ぼっちになると、どこからか火の粉が飛んできそうな気がして……」
「あなたは大丈夫ですよ。他人の情景は、結局のところ、その人だけのものなんだって、そういう寂しさと向きあわなくちゃいけないんだって、わたしは泣きじゃくって視界を灼かれなかったから言えるかもしれないですけど、きっとそういうことなんですよね?
だから最後は独りで、自分の情景に帰らなくっちゃ」
~~~
「もしもし、俺だ」
『ぁ、ぉにぃ、どうじてずっと連絡じてぐれなかったのぉ。何があったのかはだいたい把握してるけど、お兄ぃのバイタルサインはずっと見張ってるけど、万が一のこと想像しちゃったら私から電話なんてできなくて、ぜんぜん心配なんかぜんぜんしてなかったんだからね!』
「すまん……。まぁとにかく俺はこのとおり無事だよ。体も心も灼かれてない。
あとな、そろそろ
『だったら今日はもう、ぜっっったい大学には近寄らないことね。とくにゴミ集積所あたりには』
「……なにか知っているのか」
『ふん、警察が校舎中の上映設備回収に躍起になってる隙をついて、あからさまに不審な人物が侵入してるとか、そんなことあるわけないんだから』
「おいおいおい。予告犯の残党か……」
『そ、そうに違いないわ。お天道様に誓って、お兄ぃとは何の関わりもない赤の他人よ』
「ん……。まさか、、、」
『予告犯が撒きそびれたガソリン使ってゴミ山に放火したら、さすがに警察も気付くでしょうし、すぐに泣きべそかいてるところを取り押さえられるわ。だから、お兄ぃは今日あったこと全部忘れて、ぐっすり眠ってればそれでいいのよ』
「泣きべそ……火の粉そっちに移ったのかよ、畜生! その可能性があるなら行くしかないだろ。常識的に考えて」
『お兄ぃ、ダメ……』
「なんで気付かなかった、やっぱり一人にするべきじゃなかった、畜生」
『ねぇ。どうして、バイク走らせようとしているの。もう、譚丁は止めるんでしょ。放火を止めたかったら、警察に通報すればいい。今なら信じてくれるわよ。だから、お兄ぃが命の危険を冒して、こんな深夜に止めに行く理由なんてどこにもないじゃない!』
「なぜって俺はさ、これでもお前の兄だからさ」
『……!?』
「お前ほどひどくはないけどさ、俺に友達なんてそうそうできやしないんだよ! それを、せっかく軽口まで叩けるようになった大学の友達を二人も、今日一日で失うわけにはいかないんだよ、クソ。畜生。今度は、今度こそは説得を」
『莫迦じゃないの。ホントに莫っ迦じゃないの。こっの向こう見ず! 意外とイケボな細マッチョ! 妹の忠告ガン無視する友達思い!』
「ああ、悪かったな。だから、さっさと侵入経路を教えてくれ――」
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