「やっぱり泣いちゃうと切なくて」

「いやぁ、面白かったー。学生MCバトル最高すぎる」


「でしょう、観てよかったでしょう。うちの大学祭で、野生のラッパーがあんなにも集まるとは、わー、もう感激です」


「とくに最後の、いかにもストリートでオラついてそうなスキンヘッドがさ。Hey、Yo、ぶっ放す言霊の機関銃! っていうのを受けて、完全場違いの舞妓さんが」


「とくに最後の、いかにもストリートでオラついてそうなスキンヘッドがさ。『Hey、Yo、ぶっ放す言霊の機関銃!』っていうのを受けて、完全場違いの舞妓さんが」


「『ぐんなりドス効かせはった内輪の機関銃、はんなりうちには効かんどすえ♪』って」


「綺麗にビート乗せて、分かりやすいパンチライン決めてましたよね。だから、明日の決勝もぜったい観にきましょうね、ね!」


「もちろん! このバイブスは伝説になる予感しかしない」


「さぁて、いよいよお楽しみの時間ですよー。……さぁ、行くのです!」


「もしもし、井内いのうちサン。なんで俺に、そんなにこやかに財布を押しつけるんですかね」


「行くのですです!」


「あー、露店で調理してるガスバーナーの炎とか、うっかり視界に入るとアレなので、俺が回ってくる流れですかね。いいでしょう、何が食べたいですか」


「わぁお、察し力えらく高くないですか、わたし無茶振りしたの自覚ありましたよ?」


「妹に鍛えられているんで……」


「じゃあですねぇ。手始めに、焼きマシュマロと、焼きチョコバナナと、厚焼きクレープと、それから、それから――」


 ~~~


「もぐもぐ」


「なんというか、心なしか売り子さんの視線が、どこも厳しかったような。やはり井内さんの財布、女子力高すぎなのでは」


「でしょうね。今年トレンドカラーの、もぐ、チェリーピンクを全面に押しだしたデザインですもん、もきゅ、ちょっとベタすぎてわたしですら恥ずかしいものを男の子が持ったら、もっきゅ、そりゃあ違和感ありまくりというものです」


「ひどい。鬼の所業なのでは」


「しかもそれ一点物で、作ったのはクレープ屋の売り娘ですです。テニサーの。あ、焼きリンゴ、おいしっ」


「はい?」


「女子寮のフリマで売れ残ってたの、わたしが買い取ったんですよ、だから今頃いい感じに、わたしたちの関係を勘違いしてくれてる気がしますね?」


「おい、待て。いや、ちょっと待って」


「これでわたしも女子寮ヒエラルキーの中層でいられるというものです。そろそろ恋人の有無探りあって、格付けが始まる頃ですからねー」


「うわぁ。えげつない話だ……」


「もぐもぐ。この焼きマシュマロは焦げすぎですね、ちょうどシフト交代したばかりで、当たり外れが激しい時間帯かもでした、はぁ」


「……ん? これデートってことでいいの?」


「あはっ、なかなか愉快なこと仰いますね、まっさかぁ」


「ですよねー」


「こんな変な泣き癖あるわたしが、実際デートとかありえないじゃないですかー、ふとした拍子に地雷踏ませちゃいますもん」


「たしかに、目の前でタバコにでも火付けられたら、バレるってオチか。……いや、それは普通にカミングアウトしておけばいいのでは」


「違うんですよぉ、そういう問題じゃないんですよー、ごきゅ、これは感情の問題です」


「感情?」


「ですです。条件反射であってもですね。やっぱり泣いちゃうと切なくて。切なくなっちゃって」


「あー、無理矢理にでも笑顔作ると、楽しくなってくる的な話ですか」


「そもそも、わたし自分が泣いてるってこと理解するの、けっこう時間かかっちゃったんですよね。泣いている時のわたしにはですね、嵐が来ているように見えているんです。いよいよありえなくありません?」


「え」


「炎を見たいのに、わたしはこんなにも炎に憧れているのに、それを押し流してしまうほどの嵐が来てしまうから切なくて、はぐ、うっきうきのデート中にそんな気持ちになったら相手にも失礼じゃないですか、はぐはぐ」


「嵐って、つまり視界が涙でぐちゃぐちゃになるってこと……?」


「そういう比喩表現ではなくてですね、肌を打ちつける雨粒の強さも、さーっと思考をかき消していく雨音も、全部マジもんの嵐にしか感じられないってことです、台風の時に田んぼの様子見に行ってみたんですけど、感覚いっしょでしたもん」


「うーん、うちの妹みたいな認知系の症状ってことか。それは難儀だなぁ……。ん、ごめん、ちょい電話出る」


「およ、どちら様ですか?」


「同じクラスの炙りネタ嫌いのやつ」


「天敵だー」


「あー、もしもし」


『よォ、探偵。放火予告犯の手掛かりは掴めたか』


「……あ」


『あ、ってなァ。その様子だと、お前さん、思いっきり普通に学園祭楽しんでたろ』


「すまん、奈良原ならはら。一応、当たりは付けてたんだけど……」


『残念だが、そいつは大外れだ。悪ィな、こっちで予告犯を確保したぜ』


「……!?」


『男一人、女二人の大学生だ。見回りに柔道部ヘルプ頼んでおいて正解だったぜ。こいつら業者に紛れて、ゴミ集積所にガソリン撒こうとしてやがった』


「まだそこにいるのか」


『通報はした。まもなく警察が来る。関節技がっちり極めてるから反撃されることもない。だから名塚なつか、お前は来なくていいぞ。あまり騒ぎにしたくない』


「そ、そうか。くれぐれも気をつけてくれ……」


『ところで、一つ頼みがある。さっき隣から聞こえた声、女の子でも連れてんのか』


「お、おう」


『やるじゃねェか。四十分後に、我がサークルの上映が始まる。予告無しのゲリラ上映だ。来場者の反応を直で眺めたかったが、事情聴取とかで拘束されそうなんでな。あとでお前からじっくり聞かせてもらうわ。その女の子の反応を』


「うぇ、俺も上映じっくり観たいんだけど」


『どこでもいいから校舎内に連れこんどけよ。頼んだぜ、友よ』

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