「嵐になるでしょう」

「ぐぬぬ。結局、あれから当然のように誰も誘えぬまま。ひとり徒手空拳でキャンプファイアーに来てしまった。恨むぞ奈良原ならはら

 うっかり八重やえさん迷いこんでたりしないかなぁ。本当にカップルばっかりで、リア充こわ……いって!」


「……ぅ……えぐ……」


「え、あ、すみません。こんなところに人がうずくまっているとは。……大丈夫ですか」


「……ぐずっ……おかまいなく……」


「いやいやいや、さすがにボロ泣きしてる方を無視するわけには。救護テントくらいなら連れていけますよ」


「……じきに……ひっ……ゃむので……このまま……」


「痛むのは体ですか、それとも心ですかね」


「……どちらでも……ぁ……あらしが……すぎさるまで……」


「何言ってるか分からないんで、とりあえず医者の卵っぽいの連れてきますね。……うおっ」


「……すいぶんが……おしながされて……っ……」


「今日は見上げるかぎり雲一つない星空ですけれどね。とりあえず掴んだ足首を離してほし……あ、脱水症状ですかね。はい、これ飲みますか」


「……ありが……とう……」


「この炭酸ジュース、知り合いに中毒者がいて、つい見かけると買っちゃうんですよ」


「……なにこれ、まっず……ぇっ……薬っぽくってまっず……」


「あー、やっぱそうですよね。ときどきチャレンジしてはみるんですが、やはり俺の味覚は正しかった」


「……ひぐっ……ホントに不味すぎて……すごく哀しい……」


「あの、なんというか、ごめん」


「……ぅわぁーん……」


「ごめんなさい」


 ~~~


「で、ですね。わたしほら、ちょっとおかしくて。なんか炎を見ようとすると、ぼっろぼろに泣いちゃう癖があるんですよ」


「それはまた難儀な」


「でも華の大学生になって、ま、料理とかは女子寮に電磁調理器あるんで大丈夫ですけど、さすがに炎がNGとか現代人としてどうなのって感じで、これはいっそショック療法だーって、いきおいキャンプファイアーなんてものに挑戦してみたものの、ご覧の有様で。はぁ、ろくでもないですよね」


「あー、同級生でしたか。どうも。生物学部の、名塚なつかれいです」


「ん、名塚……。……生物学部って、切ったり貼ったりとか、そういうのです?」


「いやぁ、実習はこれからって感じですが、専門の志望は認知神経系でして」


「認知ですか、わー、うちのおばあちゃん認知症で、あっ、そういうのとは違いますか? わたしは人文学部の井内いのうちほおずき、です」


「それで、どうですか。そろそろ落ち着きましたか、井内さん」


「それはもう。名塚さんにはお礼をしないといけませんよね。これでもわたし、高校の時は泣き癖隠しとおしたんですけどねー、いきなり不覚を取っちゃいました。てへへ」


「いやもう、こうやって、じゅうぶん寿司ごちそうになってますし。……炙りサーモンもう一皿いいですか」


「はい、どうぞどうぞ。ご覧のとおり、お寿司といっても、ぐるぐる回るやつですけどねー。このお店、わりとコスパよくありません?」


「たしかに、このサーモンやめられない感。もう一皿」


「んで、これはー、わたしが泣きだしちゃって、どうしようもなくなってたところを助けてくれたお返し。だけど、わたしの泣き癖を墓場まで持っていってもらう口止め料が、まだ残っている次第ですです」


「べつに口外するつもりは毛頭ありませんが、では折角なので一つお誘いが」


「はいな」


譚丁たんていサークルに入りませんか」


「……? それは何をするサークルです? 宗教的なのはちょっと……」


「いや、宗教とかではなくて、ですね。その名のとおり、依頼を受けて適当に解決していこうっていう」


「探偵って、不倫調査とか?」


「いや、不倫とかでもなくて、ですね。譚丁とは、そこはかとなく探偵っぽいけど、いうて探偵ではないというアレで」


「……つまり?」


「…………なんでしょうね?」


「…哲……学………?」


「わかりました。分かりました。ひとまずサークル勧誘は無しの方向で。明日の学園祭、露店巡りに付きあってもらえませんか」


「付きあう。ほほー、そう来ましたか。そう来ちゃいましたかー。なるほどですね、女子寮で出す手作りフリマの当番が午前にありますから、そのあとはフリーですです。……あ、すみませーん、炙りトロサーモン追加おねがいしまーす」


「おおっ、マジですか。キター、炙りトロサーモンきたー」


「今の注文は、わたしのですよ? 抑えきれない炎への憧憬を、お寿司のネタで紛らわせていくスタイルです」


「いやぁ、俺も友達と回転寿司ちょいちょい来るんですけど、そいつ炙り系ないところ縛りなんで。これはたしかにコスパいいなぁと」


「よね、ですよね。わたしってほら炎に、ちょっとありえないくらい憧れてるじゃないですか。でも見れなくて、絵とかアニメですら号泣しちゃうことがあって、仕方ないから文章で補充しようとしても、はー、恋焦がれるみたいな炎に喩えた表現はあっても、みんな炎なんて知っていること前提で、わざわざ炎を分かりやすくナニカに喩えてはくれなくて、仕方ないから炙りネタを美味しくいただくしかなくて、ですね。

 何でしょう。何だと思います? 見るだけで泣きださずにはいられない、わたしの炎への想いは、どう名付ければいいのでしょうか」


「それは。きっと恋でいいのでは」


 ~~~


「――妹よ。あらかさまに炎に執着をもった女性に接触した。なんかすごく怪しいので、しっかり明日の学園祭でも見張っておこうと思う」


『明日の炎上確率は51%。控えめに言って、学園祭への参加は推奨されません』


「マジか。その予報が本当なら、今すぐ学園祭は中止させるべきだな。……しかし、とくに根拠があるわけでもなく、お前も本当は参加したいのにその勇気がないから、拗ねてるだけと見た」


『学園祭への参加は推奨されません』


「うーん。またコミュニケーションの取りにくい口調だなぁ。今日も妹ガチャは爆死か」


『嵐になるでしょう』


「ん……?」


『深夜にかけて嵐になるでしょう』

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