「誰しも銀河の一つや二つは、心に秘めているものでしょう」

「おじゃまします、繭棲まゆずみ先輩はいらっしゃいますか」


「どちら様ですか?」


「どうも、一回生の名塚なつかれいです。さきほどのテスト上映に感銘を受けまして、お話を聞かせていただければと伺った次第です」


「……ああっ、令さんですね。繭棲さんは、アロマ炊いてくるとのことで隣の校舎へ行きました隣の校舎へ行きました」


「それは失礼しました。貴方もプラネタリウムサークルの方ですか」


「いえ。そんな大それた者ではないです。よっ。わたくしは、ただの夢見る被験者です」


「被験者……?」


「はい、ぼーっとして。心の深い層にある朧気を、精緻に描いていくだけの簡単なお仕事なのです。ねっ」


「もしかして、先程の宇宙の映像は貴方が? ……その両眼を覆うヘッドマウントディスプレイ、脳波計測が一体化したやつですよね」


「うふ、お粗末様でした。いかがでした、わたくしの宇宙は」


「や、本当に幻想的で。空間も時間のスケールも、あれだけ壮大なものが一人の心から描きだされたものだなんて、にわかには信じられなくて。……っていうか、その声と喋り方、八重やえさんですよね」


「はい。久地波くちは八重です。令さん、お久しぶりですね?」


「久地波? あれ、伊宮いみや八重さんではなく……?

 あ、もしかして、ご結婚とかされました? おめでとうございます」


「えっ、結婚と仰いましたか。さすがにそんな過去は、わたくしにはないのではないでしょうか。年齢的にも、たぶん」


「あ、それは失礼しました。……伊宮神社の方は最近どうですか。あの奉納舞の後、何度かお参りしたんですが、タイミング悪かったみたいで八重さんにはお目にかかれず。今日も巫女装束ではありませんし」


「…………伊宮が祀る神は、天から落ちてきたと云います。星の海をさまよい、この地球に惹かれた確率を思えば、ふたたびお会いできた縁に感謝するばかりです」


「え。あの舞を奉納された神様は、風を司る蛇でしたよね」


「……宇宙も、太陽風といったプラズマが吹き、コロナといった蛇がうねる世界ですから。ね。ほら、伊宮の伝承は見方によって、その姿形を変えることに特色があってですね」


「八重さん……。そうですね、そういうことにしましょう、そんな気もしてきました。

 ところで、実際どういう感じなんですか。心に、輝かしい星々を鏤めた宇宙を抱えるというのは。俺、自分の中にそういう世界観とかなくて、わりと他人のそういうのに呑まれやすくて、だから譚丁たんていなんてことを」


「そうですね、有り体に申しあげますと。日々是ゆにぃばぁす、って感じです」


「ゆにぃばぁす」


「まぁ、嗜みとしまして。誰しも銀河の一つや二つは、心に秘めているものでしょう。ねっ。それを少しずつ育てていけばいいだけのお話です」


「銀河」


「えーと朝起きたら、不意に胸のあたりがビッグバンみたいな日もありますよね?」


「ビッグバン」


「あの、令さん。そんなオウム返しされると恥ずかしいです。わたくしだけ喋らされるのはズルいので、令さんの心の声もお聞きしたいです」


「……それでは八重さんに一つお誘いがあるのですが」


「はいっ、なんなりと」


「来週の前夜祭、キャンプファイアーやるらしいんですけれど。一緒に踊りませんか?」


「踊るとは、呪術的な意味でしょう。かっ」


「や、たしかにキャンプファイアーって元々は火を祀る儀式的なものだったらしいですが! そういうのではなくて」


「では、どのような理由で、わたくしと?」


「なんというか、ぼっちで参加するにはあまりにも世知辛い空気らしいので、付きあっていただけると助かる的な」


「それならば、わたくしでなくても良いですよね……?」


「あー。……心に銀河を抱えるほど魅力的な八重さんと踊って、その隠された瞳に映りこんだ宇宙を覗きこんでみたい、です」


「そんな照れてしまいます。ありがとうございます」


「できれば巫女装束でお願いしたく……!」


「でも、ごめんなさい」


「……!?」


「わたくしは、どうも大切なことほど覚えていられないらしいのです。一週間は、たぶん保たないです」


「え」


「でも、大丈夫です。きっと頭が覚えていなくても、体が覚えていることもあるでしょうから。ねっ」


「八重さん」


「はい」


「それはホントに大丈夫なんですか。生きていく上で」


「そうです。ね。たいがいの時はよしなに流れていくから、わたくしはこうして令さんとお話しているのではないでしょうか」


「……八重さん。本番上映の時に来れば、また会えますか」


「これで夢見は用済み。もうリテイクなしだそうです」


「本番は録画再生ってことですか……。あの、俺は、譚丁というのをやっていて、なにか力になれ……。いや、力になれるようになったら、またお会いできたらと」


「そう気負わずとも。きっとまた巡る縁もあるでしょう。ねっ」


 ~~~


「――そんなわけで八重さんにフラれてしまった兄に一言」


「もう、お兄ぃったら。ざまあ♡」


「最悪だ」


「これに懲りたら、大学でキャッキャウフフを夢見たりせず、勉学に励むんだぞ♡」


「心得た。どこぞのブラック研究室に潜りこんで、お前の病室にこうやって訪れる寸暇も惜しんで、教授のゴーストライターと化す」


「やめて。死んじゃう♡」


「……まぁ、それはそれとして。どうして八重さんは、適当に名字名乗るのかなぁ。伊宮神社で伊宮八重、久地波大学で久地波八重、って明らかに嘘だよなぁ」


「それは作話の一種じゃないかな♡」


「作話? ああ、本人の中では筋が通ってて、嘘のつもりはないってやつか……」


「と言っても、記憶障害の病識はあるみたいだから、どこまで意図的かは分からないけどね♡」


「奉納舞の時はもう、依頼してくれたことは忘れていたのかなぁ」


「そうかもね♡」


「なんとも切ない話だな……。致し方ない、キャンプファイアーには妹同伴で臨みたい構え」


「うーん、それは無理♡」

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