灼け焦がれた涙

「灰になっていく現実を見なくてすむからな」


名塚なつか。どうよ、我がプラネタリウムサークルの上映は」


「これは、ちょっと凄いな。なんだろう、湧きあがってきた感慨をうまく表現できない」


「かーらーのー、あえて言葉にすると?」


「……宇宙ヤバい。っていうか、宇宙ヤバいな! とくに、あの星の一生的なやつ。どす黒い雲に、衝撃波みたいなのがばーんと当たって、ガスを吸いこんだ球がどんどん灼けながら膨らんでいって、やがて太陽みたいになって流れ星どんどん捕まえて、最後はどっかーんと!」


「名塚なァ、恒星進化論の講義受けてたろ。あのお爺ちゃん先生がいくら仏だからって、さすがにそれは単位落とすぜ」


「すまん、興奮のあまり語彙がお亡くなりになってた。それにしても宇宙ヤバい。俺たちの存在なんて塵か芥か幻かって感じで、もう人生とかどうでもいい。あと昨日ガチャ爆死したのもどうでもいい」


「ドン引きっすなァ」


「ともかく、これは学園祭の話題かっさらえるんじゃないかな。映像だけでも間違いなく一級品。

 しかもプラネタリム専用のエアドームに映すんじゃなくて、こうやって教室とか廊下とかの壁やら天井に投影、しかもそれを全校舎内でやるっていうんだろう。本当にそんなことができるなら、そりゃなぁ」


「な! だっろ。こんなの観ちまったら、思わずネットでシェアしたくなるだろ」


「たしかに拡散せざるを得ない」


「来場者投票も、まさかの一位ぶっち来ちゃうかァ」


「ぶっちゃけ、ありえる」


「うぇーい」


「言っておくが、お前のことは一ミリも褒めてないからな、奈良原ならはら。サークル入って二ヶ月半の一回生なんて、ろくな貢献してないだろう。普通は」


「なんだその、自分は貢献してるみたいな言い分っつーか」


「ま、ぼっちサークル長だからなぁ……」


「騙されて探偵ごっこねェ。名塚、うちのサークルに入る気はないか。この手の上映、見たい放題だぜ」


「その誘い、そっくりそのまま返す。まぁ譚丁たんていって言っても、受けた依頼はまだ三つ、というか実質一件だけだけどさ。なかなか面白いものが垣間見られたよ」


「ならば良し。なんにせよ非日常に浸れる手段があるってのは素晴しいことだと思うぜ。灰になっていく現実を見なくてすむからな」


「灰? なんだ、奈良原。六月にもなって、まだ五月病でも引きずってるのか」


「……ちょい口が滑った。忘れてくれ」


「ふぅん。……話戻すけどさ、さっきの上映。映像どうやって作ってるんだ?

 教室は教室で、廊下は廊下で、ちゃんとその形にあった映像が継ぎ目なく展開されてるように見えたけど、さすがに素人目にだって簡単に作れるものじゃないのは分かる。編集ソフトも、あんなフォーマット対応してないだろ。

 あと嘘の付き方が絶妙っていうか、思いだしてみると衛星の軌跡とか色々おかしかった気がするんだけど、異様に臨場感あったというか」


「おお、よくぞ聞いてくれた。それはほら、ひとえに先輩方の集大成っつーか、とくにブレインなんちゃらインターフェースを専攻してる院生が凄いっての何っての。まさに変態的な技術だわー」


「ん? 単なるコンピューターグラフィックスじゃないってことか?」


「そうそう。聞いて驚け、お前が観たものは。人が夢見た心象風景から自動生成された映像なのだ」


「なにそれすごい。もはやノーベル賞ものなのでは」


「だっろ。その装置を作った院生、繭棲まゆずみ先輩って言うんだけどさ、やってた実験が倫理規定に触れたとかで、論文ことごとくリジェクトくらったらしくってなァ。今年度はもう博士号取るの無理だから、腹いせの暇潰しに開発したら、ちょい本気出しすぎたとかいう話」


「大学って、色んな人がいるんだなぁ……」


「いや本当になァ。そうだ、せっかくだから名塚。繭棲先輩に直接、感想伝えてあげてくれよ。あの人、きっと子供みたいに喜ぶぜ」


「そんな天才にお目にかかれるなら是非。どんな技術使ってるのか聞いてみたいなぁ。たぶん理解できないだろうけど」


「じゃ。先輩、まだ本館七階の放送室いると思うから、よろしく」


「…………」


「…………」


「おい、お前が紹介してくれるんじゃないのか。奈良原」


「それがなァ。なんか来るべき学園祭に向けて放火予告したバカがいたらしくってな、俺たち運営委員に招集かかった」


「放火とはまた物騒な」


「いちおう警察には届けてあるらしいんだが、ま、よくある学生の軽い悪戯程度にしか扱われず。実際そうなんだろうけど、念のため火の元総ざらい警戒しておこうかっつー話で」


「じゃあアレか。前夜祭のキャンプファイアーとか、中止になるかもなのか」


「それはないだろ。アレ一応、我らが久地波くちは大学の伝統イベントらしく。中止にでもしようものなら、大学の自治がどうとかキレだす老人がいるからな。それに予告犯だって、さすがにキャンプファイアーに乗じて放火とか芸のないことはしないだろ。いや、ある程度の対策は打つことになるんだろうけどさァ」


「しかし相手は、わざわざ予告してくるぐらいには、おかしな執着があるヤツだぞ。飛んで火にいる何とやらってか、下見くらいは来る可能性ありそうだけどな」


「一理ある。そうだな、じゃあ見回りは頼んだぞ、探偵」


「む。じゃあ二人で火の粉でも浴びながら回るかー」


「うおィ、貴様。もう前夜祭を一緒に過ごしちゃう恋人とか作ったのかよ。おめでとう、幸せな家庭を築いて沢山の孫に囲まれながら、延命装置に繋がれてゆっくりと天に召されるといい」


「そうじゃねぇよ……。お前といれば男二人、いかな犯人も手を出しにくいだろっていう」


「たしかに。俺なんか、こんなツラしてっからなァ。……だが、あいにくキャンプファイアーは大嫌いでな。あんな制御されきった半端な火力を眺めて、何が楽しいかさっぱり分からん」


「あ、すまない。配慮が欠けてた……」


「ッたく、そこでノリ落とすなよな。放火の話を振ったのはこっちだっつーの。

 この顔の火傷跡な。通ってた幼稚園が灼けて以来、フリでも気にせず話してくれる奴、わりと貴重なんだよ。だから頼むぜ、友よ」


「最初は、けっこう内心ビビってたけどな。どっちかっていうと、その目つきに。実際そっちの方が問題じゃね」


「放っておけ。俺の目つきが悪いのも知ってる。こうなったのはさ、……燻りつづける世界を直視してらんないからさァ」


「奈良原、お前はアレだな。五月病っていうより、中二病だな」


「ようやく気付いたか……。それはそうと、名塚はキャンプファイアーがんばれよなァ。

 当たり前のように伝統は形骸化して、見渡すかぎりのカップル大平原って噂だぜ。独りでふらふらと迷いこむと、いちゃラブ空気にあてられっぞ」


「こわい。なにそれこわい。リア充は爆発するといい」


「お、爆弾テロ予告かな。迷探偵」


「……ないわー。探偵が犯人な推理小説とかないわー」


「ともかく、誰も当てがないなら繭棲先輩でも誘ってくれよ。あの人、そういうの疎そうだからなァ」

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