「……いつもどこでも傍にいてくれるって信じこみたい心があって……」

『……今、どこで……』


「ん、んん。ちょっと隣町の遊園地にな」


『……なにを……』


「今は立体庭園の迷路を抜けて、メリーゴーランド前のベンチで伸びていく影法師を眺めながら、連れが夢の国のお土産選ぶの待っている。これはもう実質デートなのでは?」


『……だれと……』


「気品と知性を隠しきれないスレンダーな美人さんと」


『……そ……』


「いやそこはもうちょっと反応ほしかった。お前が外に出る気になったら、いつでも連れてきてやるぞい」


『……解析結果……』


「ああ、なにか新しいことが分かったのか」


『……夢遊病の軌跡と琴譜を繋ぐグラフ変換、その日の伊宮いみやに吹く風の流れから導きだせた……』


「えー、あー、つまり」


『……これで完全に一致……』


「つまり。静矢しずやさんとアリスの関係は、伊宮の風蛇かざへび様のお導きとでも言いたいのか」


『……うん……』


「いよいよ胡散臭い話になってきたなぁ。お前、神様とかそういうものは信じるタイプだっけ」


『……お兄ぃの実在性と同じくらいには……』


「え、それはどっちの意味だ。病院の地下室に引きこもった妹が俺の実在性を疑っているんだが、的な?」


『……むしろ逆。お母さんがこの世を去った今、せめてお兄ぃには……。……いつもどこでも傍にいてくれるって信じこみたい心があって……』


「それで俺の生き霊みたいなのを至るところに幻視するって話か……?」


『その下らない心を、片っ端から殺していくの』


 ~~~


「お待たせ…にゃ」


「……どちら様でしょうか?」


「呼ばれて、喚ばれぬ、しずしず…にゃ」


「や、しずしずとかいう電波さんは知らないんで。マジ赤の他人なんで、話しかけないでもらえますか」


「我は、ここの。ねこねこランドの主ねこねこプリンセス…にゃ」


「……猫耳カチューシャで上目遣いの、雑なあざといポーズとか止めてくださいよ、ホント。程良いアンニュイさで俗世離れしていた俺の静矢さんを返してほしい」


「にゃにゃにゃ? にゃにゃにゃ? それとも、にゃにゃにゃ…にゃ」


「また炭酸呑みましたね。呑んだんでしょう、その様子は」


「遊園地とはいえ、ぼったくりもいいところにゃ。二酸化炭素が粗悪すぎて、こんなんじゃトリップしきれないにゃ」


「炭酸、抜けただけじゃ……」


「今なら洗いざらい喋れそうにゃ」


「で、結局。運命の亡霊って、人工知能のβ5のことでいいんですか」


「ぴゃっ」


「なるほど。β5と対局しつづける白昼夢を見つづけていた、と」


「それはちょっと違うにゃ。しずしずが見ていた夢は、今は亡きβちゃんになって対局する夢」


「え」


「なっつんも知っているとおり、本気のβちゃんは三年前の対局中に、終盤を結する一番いいところで、おっ死んだにゃ。しずしずはずっとあの続きを求めて、でもそんなものはどこにも、にゃ」


「クラウドでオートスケール環境構築していたら、予想以上に盤面が複雑すぎて自動で仮想サーバ調達しすぎて、課金死したんでしたっけ。その後、プログラムのコードが公開されることもなく、開発チームは軍需系のメガベンチャーに召しあげられたとか何とか」


「べつに、そういう生っぽい話はどうでもいいにゃ」


「……いくつか教えてください。貴方はどうやって、この街を碁盤に見立てていたんですか。まさか本当に風の流れを読んで、メジロたちと」


「だから、そういう話もどうでもいいにゃ。しずしずは盤面そのものに魅入られてしまうほど間抜けな棋士ではないにゃ」


「どういうことですか……?」


「囲碁を打つ時、十九路盤が木製でもプラスチック製でもスマホのモニタでも、そんなことは対局相手の魂には微塵も触れない。そんな見せかけにゲームの本質があっていいはずはないにゃ」


「分かりました。じゃあ、貴方はβ5になりきって、その棋譜を再現して。いったい誰と戦っていたんですか?」


「にゃ。そんなの過去の自分に決まって」


「今、同じ空の下にいる誰かが、ずっと相手してくれていたとしたら?」


「そんなことが、あるわけない。しずしずは引きこもりで夢遊病患者な社会性の欠片もない、天涯孤独なぼっち乙女にゃ」


「名をアリスと云います」


「にゃ…あああああ」


「少し離れたところで、アリスはずっと貴方と」


「そんなこと。それが本当だとしたら、私は亡霊をその人に押しつけつづけて」


「それがですね、亡霊に囚われていたのは、貴方だけではなかったんですよ。会ってみますか、運命のアリスに」


「……。それは遠慮しておく…にゃ。しずしずが対局で触れたいのは、黒と白の境界を越えて複雑に絡みあいたいのは、魂の奥底にゃ。それ以外のことはどうだっていい。

 βちゃんの時。しずしずたちの対局に、色んな人が色々なことを勝手に投影していった。もうあんなことは、まっぴらごめんにゃ」


「『人工知能から本当の知性を人間に取りもどす』なんて、生中継で連呼されていたフレーズがありましたね」


「そんな重たそうなことは、心底どうでもよかったにゃ。βちゃんがどれだけ高等な技術で作られていたか、碁の必勝法に近づけていたか知らないけど、少なくとも、しずしずは碁が上手いわけじゃなかった。あの時たまたまβちゃんと本気で遊べたのが、世界に一人しかいなかったっていうだけ。奔放な大局観が共鳴しただけ……。

 わけのわからないことをしたかった。ありふれた物語に絡めとられない、誰も見たことのない模様を一緒に描きたかった。なのに世間の視線に耐えられなくて、ありきたりな方法で見せかけを繕ってしまう自分が大嫌いにゃ……」


「…………」


「…………」


「なにかアリスに伝えたいことはありますか」


「……いっしゅうかん。一週間後、次の日曜日に、本気の対局をしましょう、と。亡霊抜きで、お互いに」


「たしかに、承りました」


「よろしくお願いいたします」


「もう一つだけ、たとえばの話ですけれど。囲碁を極めた境地と、そうですね、音楽を極めた境地、その本質が一致する可能性ってあると思いますか? たとえば囲碁を打っていたと思った相手は、音楽を演奏しているつもりで」


「そうやって碁からナニカを見出そうとした人は、あの時たくさんいらっしゃいました。ですが、それはナニカから人生を見出そうとするくらいには、きっと意味があって、まるで意味のないことです……にゃ」

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