お約束

指川向太

お約束

「こんなところにいられるか! わしは部屋に戻る!」


 部屋を出る背中を見送ると、私は思わず噴き出してしまった。孤立した山荘、止みそうもない吹雪。もう夜も遅いので、「救助が来るまで皆で同じ場所に固まっていよう」と、話し合われたばかりだった。そんないかにもな状況で、いかにもな台詞を、いかにもなお爺さんが言うものだから。


(まさかこんな場面に出くわせるなんて!) 


 不謹慎は重々承知だが、私は楽しくて仕方がなかった。サスペンスやミステリーをたしなむ私は、この手のお約束が大好きなのだ。まるで憧れのドラマや小説の中に、入り込んでしまったかのような気分だった。


 しばらく経って、皆の輪からコッソリ抜け出すと、私は例のお爺さんの部屋へと向かっていた。


(もうそろそろ、殺されているはずだわ!)


 私はそれを確信していた。ただの良からぬ妄想に過ぎないのだが、自信があった。なるべくしてなるというか、この状況ではそうなることが極めて自然に感じられた。

 とうとう部屋の前まで来た私は、高鳴る期待を胸にドアノブに手をかけた。そして興奮を抑えながら、半開きにして隙間から慎重に中の様子を伺うと・・・


(やっぱり!)


 予想通り、お爺さんは倒れていた―――ベッドの上に。もう目覚めることはないだろう―――朝までは。血痕は? 凶器は? 猟奇殺人犯はどこだろう? 第一発見者の悲鳴が響くはずだった部屋には、ただ老人の寝息が漏れるばかりであった。


 退屈な現実が押し寄せてくるのを感じながら、手近にあったハサミが妙に魅力的に見えた。

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お約束 指川向太 @kakunoshin

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