夜の学校探検隊
指川向太
夜の学校探検隊
「逃げろ!」
隊長の一声でぼくらは散り散りになった。宿直の先生に見つかったのだ!
「コラ!待て!」
われわれ探検隊はぼくを含め6人。算数で習ったとおりなら、6回に1回ぐらいしか当たらないはずなのに、よりにもよってぼくを標的にしたようだ。懐中電灯の光が追ってくる。幸い、先生はどんなときでも絶対に廊下を走らないので、すぐに追いつかれることはないが、ぼくが逃げた側は袋小路。このままでは遅かれ早かれ捕まってしまうだろう。
(こうなったら、あの作戦を使うしかない!)
今から数時間前、ぼくたちは今夜のために作戦会議を開いていた。
「そんな遅い時間に遊んだら怒られるって!」
「学校もカギ閉まってて入れないよ!」
「お母さんになんていえばいい?」
口々に不安なことを並べて、それについてみんなで話し合い、一つ一つ作戦を立てていく。家族には「隊長の家にお泊りに行く」と言うこと、下校するときにこっそり窓のカギを開けておくこと、おやつにカリカリ梅は持ってこないこと(隊長がきらいだから)など、作戦会議の名にふさわしく、たくさんの有意義な作戦ができた。その中にはもちろん、こんな時のための作戦も用意してある。
「もし敵に見つかったら、トイレに隠れるのだ!」
作戦会議の内容を思い出しながら、ぼくはトイレを目指して全力で走った。2階は3・4年生のジンチなのであまり来ないが、トイレの場所はどの階も大体一緒で、廊下の隅っこにあったはずだ。非常灯のみの薄暗さと、いつもと違う学年の廊下に戸惑いつつも、何とかトイレらしいところまでやってきた。えっと、トイレにきたらどうするんだっけ?
「ウンコ部屋に隠れるのだ!」
(ウンコ部屋に隠れるのだ!)
隊長の言葉を心の中で反復しながら、一目散に奥の個室に飛び込む。そして鍵をかけようと、ドアに手を伸ばしたところで大事なことを思い出した。
「でもそんなのすぐ見つかっちゃうよ!」
そうだ。こんなところに隠れても一時の時間稼ぎにしかならない。せいぜいカギをかけて立てこもったとしても、せっけんやらトイレットペーパーやらで爆撃されたりしたらたまったものではない。もはやかくれんぼの定番だが、ここを隠れ場所にした人は、結局根負けして自分から出てきてしまうのだ。
しかし、隊長の作戦は一味違った。
「フツー、ウンコ部屋に入ったらみんなドア閉めるじゃん? だからドアが閉まっているところには誰かいるって思うじゃん? でもそれって逆に考えると、ドアが開いているところには誰もいないって思うってことなんだよ! それを利用するのだ!」
(さすが隊長は頭もいい。伊達に眼鏡をかけているわけじゃないな)
隊長の眼鏡に感謝しながら、閉めかけていたドアを慌てて元の自然に開いている状態に戻す。これでトイレの中にはあたかも誰もいないように見えるはずだ。
(出来ることは全てやった。あとはどうなろうと待つだけだ!)
それからは時間が異様に長く感じられた。
暗闇と静寂の中で、かすかに感じられる自分の鼓動。
遠巻きのコツコツ、という行ったり来たりしている足音。
時折聞こえる叫び声――きっと隊員が捕まったのだろう。
やがて音は聞こえなくなり、「そろそろ出ても大丈夫だろうか」とか、「他のみんなはもう帰ってしまったのだろうか」とか、色々な思いが頭の中を廻り始めたころ、つい余計なことまで考えてしまう。
(ひょっとして、真夜中の学校という、とんでもなく恐ろしいところに1人残されてしまったんじゃないか―――)
そう思った途端、猛烈な不安に襲われた。
普段はとても信じられないような、根も葉もない噂――人食いピアノだの、歩く人体模型だの――そんなものでさえ、なんだか現実味を帯びてきている。
悪い想像はどんどん重なり、ついには『トイレのナントカさん』のことまで―――。ハッとしてつい辺りを見回すと、ある違和感に気づいてしまう。
(そういえば・・・トイレは青いタイルのはずなのに、なんだか赤みを帯びているような・・・)
これ以上余計なことを考えてはいけない! 恐怖に飲み込まれそうになったぼくはそこで思考を中断し、目を閉じ、耳を塞ぎ、ついにはこの場から一歩も動けなくなってしまった。
次の日、いつの間にか寝てしまっていたところをようやく発見されたぼくは、隊員の中でも一番こっぴどく叱られた上、おまけに変態のレッテルまで貼られてしまった。
というのも、ぼくが隠れていた場所は、よりにもよって女子トイレだったのだ!
夜の学校探検隊 指川向太 @kakunoshin
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