雨を待つひと

櫻井 音衣

ある雨の日に

そう。

私は知っていたんだ。


あなたが決して私のものにはならないことを。


あなたの目が、私ではない記憶の中の誰かを見つめていることを。


気付いていたのに、気付かないふりをして笑っていた。心のどこかで、あなたを信じたいと思いながら。



「最近、よく降るね。」


窓を叩く雨粒を眺めながら私が呟くと、あなたは、うん、と上の空で返事をした。


「もう少ししたら、小降りになるかな。」


また、うん、と適当な返事。


雨が降ると、あなたは決まって遠い目をして上の空。目の前にいる私のことも、見えていないみたい。


「雨、止むかな。」


私の問い掛けは、あなたが返事をしてくれないと、ただの独り言に変わる。雨の日のあなたの世界での私は、まるで透明人間。



「明日は晴れるといいね。」


本当は知っているんだ。

雨の日になると、あなたがそわそわして上の空になるわけを。


雨の日に出逢ったあの人のことを考えているんでしょう?お互いに気持ちを残したまま、確かな約束もできずに、雨の日に別れたあの人のことを。


雨が降る日には、あの場所に行けばあの人に会えるかもなんて、考えているんでしょう?



「雨なんか、キライ。」


雨音しか聞こえない部屋で、あなたの世界から放り出された私の声は、あなたには届かない。


「雨なんか、降らなきゃいいのに。」


さよならと言って部屋を出る私を、あなたは引き留めもしなかった。



本当は知っているんだ。

あなたが、雨が降るのを待っていることを。

晴れた日も、あの人を想っていることを。



せめてあなたの部屋に私がいた跡を残したくて置いてきたのは、あなたがプレゼントしてくれた赤い傘。


あなたはもう、そんな事、忘れちゃったかな。


激しい雨の中、傘もささずにずぶ濡れになって歩く私の心を、あなたとの想い出がすり抜けて行く。



これからは、雨が降ったら、私の事をほんの少しでも思い出してくれるかな。


それとももう、この雨の中、あの人に会いに行ってしまったかな。



あなたの心に、私の居場所なんかないって、気付いてた。どんなに頑張っても、あの人には敵わないことも。




濡れているのは、雨のせい。


頬を伝う雨の滴が、心なしかあたたかいのは、なぜだろう。



あなたが思い出してくれるなら、これからは私も、雨を待つ。



あなたのことを想いながら。





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雨を待つひと 櫻井 音衣 @naynay

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