大敵 ―Arch Enemy―.01
燃えさかる炎。
鼻をつく油の臭いと、焼け焦げた人肉の臭い。俺の視界の端、赤い炎の中に突き出された黒焦げの腕が見える――。
俺の名はラウール。
GIGの元A級傭兵で、今はB級。落ちた理由は聞くな。
俺は今、焼けただれた右肩口を左手で押さえ、大量の冷や汗を流しながら物陰に隠れている。
端的に言って状況は最悪――。
「まだ、隠れてるの?」
燃える炎の音に紛れ、奴の声が辺り一帯に響き渡る。
破壊された軍事車両。固定式のレーザー銃座。そして、100を越える兵士共。
どいつもこいつも、なんの役にも立ちゃあしなかった。ま、それを言うならこの俺もだが――。
「ううん。君は強いよ。僕と戦って――まだ生きてるんだもの」
「――ッ!?」
耳に届くその言葉に、心臓が止まりそうになる。
化物が――俺の心を読めるのか?
『ラウール、まだ生きているか? 増援がそちらに向かっている。何をしてもかまわん。生き残れ』
ハッ、最難関ミッションだな――。
――――――――◆
――発端は、一つの依頼だった。
難易度はA。
アンダーの辺境に建設された軍事施設が、エネミーによる奇襲を受けて陥落。軍と協力し、これを奪還してほしい――。
報酬も悪くない。オーバーにも名を売るチャンス。
当然俺だけじゃなく、腕に覚えのある傭兵が何人も名乗りを上げていた。
――が、俺はこの時点で、この依頼にきな臭いものを感じていた。
軍隊に加え、対エネミーのスペシャリストである傭兵を多数用意するその周到さ。一体、どれだけの数のエネミーがいるってんだ?
嫌な予感がすると言う俺を、他の傭兵共は腰抜けだとか臆病者だとかいいやがったが……。
そいつらは全員俺より先にたった今殺された。エネミーよりヤバイ奴に――。
ざまあない。戦場では臆病者なくらいで丁度良いってもんだ。
そう……俺の嫌な予感の正体。それは……アークエネミーだった。
アークエネミー。
それはエネミーを越える化物。タイマンで張り合えるのは、GIGでもS級だけと言われる、正真正銘、人類にとっての
(軍は馬鹿か? こんなもん、どう考えたって難易度Sだろうが。どうしてAで依頼を出しやがった)
炎上し、今もところどころで爆炎が上がる軍事基地。恐らく生き残ってるのは俺だけ。百人以上いた兵士共も、十人はいたGIGのA級、B級傭兵も、みんな死んだ。いきなり現われた、たった一人のアークエネミーにやられたんだ。
「軍は知らなかったんだと思うよ。僕がここにいることを」
(くそっ! まただ。また読まれた。遊んでやがる――!)
だが舌打ちはしない。
息を潜め、呼吸を整える。
最初の襲撃で左腕は機能不全になりかけている。脚はまだ生きてるが……。
とても俺一人でまともに戦える相手じゃない。
さっきルビィが言ってた、『増援』の可能性に賭けるしか――。
「本当に君は他の人達とは違うね。君の読み通り――僕は、遊んでるんだ」
「ふざけろッ!」
耳元で声。即座に跳ぶ。
機械化された左足から圧縮空気を放出。
一瞬で時速百キロを越えて加速し、炎の壁を突き抜けながら空中で反転発砲。愛用の神経直結型拳銃が重い銃声を響かせる。
「アハハハ。さっきの戦いを見てたでしょ? 僕にはそんなの通用しないよ。それとも、痛がってるふりでもしてあげようか?」
炎の向こうから声。クソっ、掠りもしねえか――。
俺は血と油にまみれた地面を転がると、片手で跳ね飛んで物陰へ逃れる。くそがッ、愛用のコートが油でべとべとになっちまった。
――出来ることならこのまま逃げたいが、最悪なことにこの基地の回りは荒野だ。遮蔽物のない場所で奴に追いつかれれば、それこそなぶり殺しにされる。西部劇の真似事は御免だな。
『ラウール、奴の正体がわかった』
「やっとだな――名前は星の王子様か?」
『まだ軽口が言えるとは、どうやら想像以上の馬鹿だったようだな。いいか、良く聞け。そいつはノエル・ウェルネス。最初に確認されたのは20年前。驚異的な再生能力と、常人を超える身体能力、そして――』
「――人の心の声が聴ける」
瞬間。俺の左手がちぎれ飛んだ。デバイスは反応すらしなかった。
俺は凄まじい衝撃に吹き飛ばされ、半壊した装甲車両の側面に激突。咳き込みつつ、装甲板にもたれるようにして崩れ落ちる。
「ガハッ! ゲホッ!」
「アハハ……僕もすっかり化物扱いだね」
炎の中。ノエルはそう言って寂しそうに笑った。赤く照らされたその姿は、どこにでもいるただの少年と変わらなかった。
真っ白な髪に赤い瞳。髪と同じほどに真っ白な、その肌を除けば、だが。
「ばけ――ものじゃ、ねえってのか。こんだけ好き放題やってるくせによ」
「僕だって、好きで化物になったわけじゃない――」
ノエルは足下に転がる俺の左腕を拾い上げると、しげしげと眺める。
「君だって随分殺してるはずだ。傭兵はどんな仕事だって受ける。殺すってだけなら、僕と君の間に違いは無い」
ノエルが笑う。
酷薄な、そしてその瞳に激しい憎悪の炎をたぎらせた笑み――。
俺は蛇に睨まれた蛙だった。捕食者と捕食される側。この絶対的な力量差に、俺は生を諦めそうになる。
「ごめんごめん。怖がらせたね。今から殺すのに更に怖がらせるなんて、酷かった」
『ラウール!』
ルビィの声。
生を諦める……蛇に睨まれた蛙……。
だが、いつだったか――。
前にもこんなシチュエーションがあったような――。
(でも――俺だってそう簡単に死ぬわけにはいかない)
「――!?」
脳裏に閃光が奔り、かつて相対したあのガキの声が蘇る。
「ハハッ! そりゃそうだ!」
立ち上がる。体が、動く。
この恐怖、俺は知ってるぞ!
「こんなところで――死んでなんかいられねぇぇぇんだよぉぉぉ!」
俺は叫び、そして――。
逃げた!
脱兎の如く。全速力で、持って行かれた左腕のせいでバランスを崩しながら、全力で逃げた。炎にまかれ、黒煙を吸い込み、仲間の死体につまずきそうになりながら、それでも逃げた!
「ゲホッ! ゲホッ! ハァッ――ハァッ――!」
「やっぱり面白いね、君」
衝撃。再び弾き飛ばされる。今度は右腕。生身の右腕がへし折れ、明後日の方向にねじまがる。同時に俺は横っ飛びに吹き飛ばされると、デカイ水たまり程にもなった血の池にダイブした。
「でも逃がさない――」
「ハァッ! ハァッ!」
折れた右腕を必死に伸ばし、血だまりの中を這いずり回る。逃げる、逃げてみせる。帰る。ルビィの、俺の女の元にッ!
「――君だけじゃない。僕だって、君のように守りたいものも、また見たい笑顔もあったんだ――。だから、ごめんよ」
ノエルの腕が振り上げられる。
それは、垂直にゆっくりと降ろされ、俺の心臓を狙っていた。
恐怖はなかった。俺は最後の瞬間まで帰ることを諦めなかった。
俺は最後まで動いていた。
だがその時。
一発の銃声が、その場に響いた――。
>>>To be continued
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