大敵 ―Arch Enemy―.02
だがその時、一発の銃声がその場に響いた――。
ノエルは腕に弾丸が当たる寸前に反応。正確に狙い放たれた一撃を回避する。
「……君だけかい? どうやら僕の読み通り、軍は僕がいることは知らないようだ」
「――違う。これ以上犠牲を出さないために、俺が来たんだ」
「お、お前。なんでここに――!?」
炎に包まれた装甲車両の横、硝煙くすぶる拳銃を構えた黒髪の少年――。
俺をA級から引きずり落とし、左腕と左足のデバイスを粉砕。
俺に多額の借金を背負わせた、GIGランクS級三位――ユウト・キサラギ。
まあ、ほとんど俺の逆恨みだが――。
「へえ――S級なんだ。君」
ノエルの声。俺は舌打ちする。こいつ、また俺の思考を読みやがった――!
「気をつけろ! こいつは思考を読む。動きを予測されるぞ!」
「無駄だよ。生き物である以上、行動は思考の後にくる。それは絶対だ」
「――ありがとうございます。ラウールさんは出来る限り離れていて下さい。後は、俺がやります」
三位がもう一つの拳銃を引き抜く。
俺は血だまりの中、後方にじりじりと下がる。
ノエルはすでに俺に対する興味を失っている。後退する俺には目も向けず、柔らかな笑みを浮かべて三位だけを見ていた。
「その特異な形状の銃――危険だね」
「反重力子弾。当たれば、お前達でも死ぬ」
「それで、どうやって当てるつもりだい? ああ、言わなくてもいいよ――」
――ノエルが動く。
「僕と真正面からやり合うつもりなんだろ!?」
三位が飛ぶ。
この距離、三位の動きは俺の左目で捉えられた。だが、ノエルの加速はそれ以上だ。ノエルの方が速い!
激突する黒と白。
目視では白い影にしか見えないノエルと、左目で動きを追える三位――ユウト。
ユウトは接近と同時に繰り出されたノエルの手刀を紙一重で回避。すれ違い様、握り込んだ拳銃のグリップで右側面のノエルに一撃を放つ。ノエルは反応、余裕すら漂うタイミングで裏拳を回避。
ユウトは裏拳の勢いそのままにその場で旋回。右斜め下に位置するノエルに左手で発砲。至近距離で放たれた弾丸はしかし空を切る。予め射線を知っていたかのようなノエルの動き。
恐るべき事に、ノエルは放たれた弾丸に向かって前に出つつ回避。銃撃に対してカウンターを取った。正真正銘の化物――。
笑みを浮かべながら眼前に迫るノエル。
ユウトが捕まる。ジャケットの襟首を掴まれ、引き込まれると同時にノエルは反対の手で抜き手を繰り出す。
このガキは化物だ。奴の一撃は、人間の肉も骨もお構いなしに貫通しちまう。だがユウトは瞬間的に右手の拳銃をノエルの抜き手に向かって発砲。ノエルが下がる。
いかにアークエネミーのノエルとはいえ、生物の重力バランスを崩壊させ、原子分解する反重力子弾を食らえばひとたまりも無い。
しかし退きつつも、ノエルの笑みは崩れない。ジャケットは掴まれたまま。ユウトはノエルの掴んだ腕めがけて発砲を試みる。だがここでもノエルが速い。
ノエルは掴んだ腕を振り回す。ユウトは空中へ。それはまるで紙切れでも振り回しているかのよう。
ノエルはユウトを高速で振り回したあげく、強烈な勢いでコンクリートの地面に叩き付ける。俺が恐れ入ったのはユウトだ。ユウトはここで渾身の受け身。コンクリートにヒビが入るほどの衝撃を受け流す。
ユウトが動く。ユウトはショルダーホルスターに備えられていたジェットパックを最大噴射。空中へと飛ぶ。同時に伸びた腕に向かって発砲。それは三発。
一発は頭部、一発は胴体、最後の一発は脚部へと。
ノエルがジャケットを離す。ユウトは空中で伸身回転、離れた位置で着地する。
「アハハハ。さすがS級だけあるね、普通の傭兵なら、10人は殺せてるのに」
ノエルの笑みは崩れない。ユウトは受け身を取ったとはいえあの衝撃。ダメージはあるはずだ。俺が心底化物だと思ったあいつでも、アークエネミーには届かねえってのか?
「――それじゃあ、使ってみてよ。君の、奥の手」
ノエルが笑みを深くする。ユウトの、奥の手だと?
「
ユウトは無言でノエルを見つめる。
「見せて欲しいんだ。どんな反動があるのかは知らないけど、ね」
ノエルは笑っていた。その奥の手を使おうと、自分の優位は決して揺らがない。そんな自信に満ちた、ムカツク笑みだった。
「――わかった」
ユウトが答える。
――瞬間、ユウトの瞳が金色に染まり――
ノエルの右腕が、爆砕した――
銃声が響いた。それ以外、俺には何もわからなかった。
だた、周囲の炎を巻き上げる衝撃波は猛烈な爆風となって俺の場所まで届いた。俺は両目を見開いてその光景を見ていた。
見ていたはずなのに、ノエルは笑みを浮かべたまま、右腕を粉々に吹き飛ばされていた。あの崩壊――反重力子弾を打ち込まれてやがる。
「――え?」
ノエルは唖然とした様子で右腕を見た。
噴水のように断続的に吹き出す鮮血。
その様子は、まるで冗談のように滑稽ですらあった。
「来るのは、わかっていた。なのに、見えなかった――」
銃声。ノエルの左足が吹き飛ばされ、崩壊する。
その体がスローモーションのように地面に倒れ、自身の血だまりを舐める。
勝負は決まった――。
再びの衝撃波。影のような漆黒の旋風が炎の中に滲む。
あれが、ユウトか――?
俺が視認するのと同時。その体の所々から白煙を上げたユウトが出現。
ノエルの背を蹴り潰し、まっすぐに銃を構える。
その瞳は元通りの黒に戻っているが……あいつ、一体何者なんだ――?
「――妹は、ヨゾラはどこだ!?」
激情の籠もったユウトの声。あいつは、妹を探してるのか?
倒れ伏すノエルは、その言葉にも何の反応も見せていなかった。
だが、突然何かに思い当たったのか、どこか穏やかな笑みを浮かべ、その後痛苦の表情でユウトを見つめた。
「そうか、君は――」
そして――。
――燃えさかる炎と闇の中、一発の銃声が乾いた音を響かせて、消えた――。
――――――――◆
その時の二人のやりとりを俺はどうしても言う気にならなかった。
もちろん、GIGへの報告も上げなかった。
ルビィにはそれで随分怒られちまったが――。
俺はあの後、ユウトに改めて礼を言った。二度も命を助けて貰ったことを。
その時のユウトには、もうあの時感じた恐怖は微塵も残っていなかった。
それはどこにでもいる、普通の少年――。
俺は、こんな少年にあれほど過酷な運命を背負わせた神に向かい、心の中で中指を突き立てた。本当に、神ってやつはくそったれなことしかしやがらねぇ――。
――そうか、君は彼女の兄だったんだね。僕達の女王の――
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