報告 ―Report―


 赤く焼けた夕暮れのショッピングモール。

 そこに響くのは銃声と剣戟けんげき――。




 ユウトの前方に立ち塞がるのは単眼の異形――シングルアイの群れ。

 痩身痩躯の柳のような肢体に生えた肥大化した頭部と、その頭部の大部分を占める巨大な単眼。首元に申し訳程度に備わる小さな口からは、ダラダラと濃緑色の消化液が垂れ流されている――。



 ユウトは血に餓えたシングルアイの群れに一瞬で肉薄。左手に持つヒートナイフでそれらを一閃。流れるように首筋を切断されたシングルアイが、断末魔の声も上げずに活動を停止。


 だが先制の一撃を受けつつも、期せずしてユウトを包囲する形になったシングルアイ。彼らの巨大な瞳が光を収束、ユウトめがけて灼熱の閃光を照射する。


 この閃光こそシングルアイの特性。文字通り光速で放たれる閃光を回避するには、彼らの攻撃を事前に読み切るしかない。


 ユウトはまず前方から放たれた光の射角を予測、ヒートナイフの刃で閃光を反射。

 右側面から左側面までを反射した閃光でなぎ払い、シングルアイの群れを一瞬で物言わぬ肉塊へと変える。同時に、追いすがる左右からの閃光を血しぶきにまみれてやり過ごす。


 閃光に焼かれ、深紅の蒸気が一帯を覆う。

 閃光の威力が減衰し殺傷力を失う。ユウトはその隙を逃さない。




 銃声が響く。




 赤煙を高速旋回する弾丸が巻き込み、渦を生む。シングルアイの巨大な瞳に弾丸が吸い込まれ、異形の群れがその数を減らしていく。


 鮮血と血煙の嵐。


 ユウトは踊るように死の弾丸と旋刃せんじんをばらまく。

 

 正確無比に放たれる弾丸。速やかに、音もなく命を奪う刃。シングルアイの群れは恐慌状態に陥る。


 意味不明な雄叫びを上げ、ただ闇雲にその一つ目から閃光を放ち、阻まれ、死んでいく。それは、避けられぬ死の運命さだめ――。


 エネミーの中でも唯一遠距離からの狙撃能力を持ち、集団ともなれば町一つ壊滅させかねないと言われるエネミー、シングルアイ。

 今、その恐るべき異形の軍団は、数十もの肉塊となって鮮血に沈む。そしてその中央。二丁の拳銃を握る黒髪の少年が、返り血に濡れてただ一人立っていた――。




『エネミー反応消滅。ユウト、大丈夫?』

「うん。ありがとう」


 彼のナビゲーターを務める少女、アリスからの通信。ユウトは振り返り、護衛対象の巨大なショッピングモールの無事を確認する。僅かに覗くのは、不安そうに肩を寄せ合い、こちらを見つめる来店者達。


「終わりました、もう大丈夫です」

 

 ユウトのその言葉に、来店者達もようやく安堵の表情を浮かべた。


 かつてはオーバーのショッピングモールとして賑わったこの場所も、アンダーに堕ちた今となって安全な買い物すらままならない。

 まだアンダーの生活に慣れないこの地区の人々にとって、エネミーは恐怖の対象そのものであった。


『ユウト、聞こえる? 緊急で別の依頼が入ってる』


 拳銃を大腿部のホルスターに収め、今回の依頼人であるショッピングモールの管理者に確認を取ろうとしていたユウトに、アリスからの通信が入る。


「どんな依頼?」


 ユウトは僅かに首をかしげ、耳元に手を当ててアリスに尋ねる。


『今あなたの居るショッピングモールから南に1キロ。13号路線沿いを、オーバーの政治犯、フィリップ・アンダーソンが逃走中らしいの。ユウトに、その男を殺害してほしいって――』


「パス」


『――わかった。そう伝えておく』


 ユウトは即答。逡巡しゅんじゅんもなし。


 GIGのナビゲーターとしては説得を試みてしかるべき場面ではあるが、しかしアリスはユウトのその反応を予期していたのか、特段驚くようなこともなく依頼破棄の処理をこなしていく。


「ごめん。レヴィンには、うまく言っといて」

『うん、もう慣れたから』

 

 アリスは言って、依頼の放棄によるランクポイント低下の注意を促す画面を静かに閉じた――。  

 

 

―――――――◆



 澄み渡る青空をそのまま反射するガラス張りの高層ビル。


 その最上階、高価な絨毯敷きのフロアを、スーツタイプの制服に身を包んだ蒼髪の少女が歩みを進める。

 短めの髪と、未だ幼さを残すその容姿には似つかわしくないとすら言える、静謐せいひつさすらたたえた透明な瞳――。


 ユウトのナビゲーター。アリス・リリエンソール。

 

 十代半ばにして世界最大の民間軍事企業『GIG』のA級ナビゲーターとなった才媛である彼女は、このGIG本社ビルにおいて、CEOレヴィン・ランバートとの面談を控えていた。


 議題はS級三位――ユウト・キサラギの依頼選別について――。


「う~ん……。いつものこととは言え、今回も大きな案件だったんだよ? もし達成していれば、数十億っていうお金がですね……」

「それは彼も承知しています。彼がそういう存在であることは、CEOもご理解の上だと思いますが」


 静寂に包まれた室内。二人の声だけが粛々と続く。


「ま、そうだね。彼の選り好みが激しいのはいつものことだよ。じゃあ、今日の本題――どうだい? 彼の最近の様子は」


 ダークグレーのスーツに身を包み、柔和にゅうわな微笑みをたたえる金髪の青年が、重厚なレザーチェアに腰掛けながらアリスに尋ねる。

 



 彼こそGIGの長、レヴィン・ランバート。


 若干28歳にして前CEOを追い落とし、GIGの全権を掌握。現在では世界的に要注意人物と目される、新進気鋭の実力者である。

 国家と企業の分離独立が進んだ現在、彼の持つ実権は、大国の首長にすら匹敵すると言われてた。


「安定しています。直近で『彼ら』の活動が沈静化していることが良い方向に働いています」

「相変わらず、復讐……か」


 アリスの報告に、レヴィンは苦々しい表情を浮かべて瞼を閉じる。


「皮肉なものだよ。アンダーの英雄とまで言われる傭兵が、実際はアンダーに全てを奪われているとはね――」

「それでも彼は――ユウトは、故郷を守ろうとしています」

「そして、僕への義理も果たしてくれている、というわけだ。一応、依頼という形で会社を通してくれているからね」


 肩をすくめ、両手を広げて大仰に口を開くレヴィン。


「おかげで、アンダー側にもいい顔が出来る。大助かりさ」


 アリスは表情を変えない。ただ真っ直ぐにレヴィンを見つめ、時折机に広げたタブレット端末のデータを確認していく。


「それで、彼のターゲットの消息は?」

「――依然不明です。ただし――」


 アリスはそこまで言うと、彼女にしては珍しく、逡巡するように言い淀んだ。


「ただし?」

「彼らの活動に活発化の兆候があります。データから、ターゲットが関わっている可能性は高いと推測します」

「そのことを、彼は?」

「知っています。私が直接伝えました」 


 先ほどとは違い、はっきりと迷い無く応えるアリス。

 その様子に、レヴィンは安心したような笑みを浮かべた。


「随分信頼しあっているようだね。お互いに」

「――私は、彼のナビですから――」


 無表情のままアリスは答える。だが、その澄んだ瞳には、なにか強い決意のような光が宿っているのをレヴィンは見逃していなかった。


「仲が良いのは大歓迎さ。特に、君たちの場合はね――」


「――他に用件が無いようであれば、私はこれで失礼します」


 アリスはその言葉には反応を見せず、一度ちらと時間を確認し、端末を持って席を立とうとする。


「すまなかったね。聞きたいことはこれだけだよ。彼のターゲットについては、こちらでも捕捉次第、連絡する」

「ありがとうございます」


 席を立ち、一礼するアリス。 


 だがその時、レヴィンは思い出したように彼女を呼び止めた。


「そうだ。彼に伝えておいて。依頼を選ばなければもうとっくに二位だよって」

「その話はこれで8度目ですけど――わかりました。伝えておきます」


 最後にそう答え、今度こそアリスは退室する――。


 一人となったCEO室。ぱたりと閉じられた扉をじっと見つめ、レヴィンは一人、自嘲気味な笑みを浮かべて言った――。


「まったく、君ほど矛盾だらけな傭兵は他にいないよ……ユウト……」


 悔恨に満ちた呟き。

 レヴィンのその呟きは、一体誰に向けたのものだったのか――。




 それを知るものは、今はまだ、居ない――。

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