敵  ―Enemy―


 今日、ぼくはお母さんと、妹と一緒におでかけしました。


 今まで住んでいた町からお引っこしして、もっといいところにいくんだって。ずっとはなれてくらしていたお父さんがいっぱいお仕事をしてくれたおかげで、お引っこしが出来るんだって、お母さんはとてもよろこんでいました。


 お引っ越しには、大きな列車を使います。

 はじめて見る列車に、僕も妹もおおよろこび!


 でも、列車の中はせまくて、ぼくたち以外にもたくさんの人がいました。


 とても長い時間乗っているので大変だったけど、列車の中でとなりに座っていたお兄ちゃんがいっしょに遊んでくれたので、すごく楽しかったです。


 お兄ちゃんは、この列車にお仕事で来たって言ってました。


 列車でお仕事ができるなんて、本当にすごいと思います。

 ぼくも大きくなったら、お兄ちゃんみたいなお仕事がしたいと思いました。

 明日にはぼくたちが行く町につくので、ぼくもそろそろ寝ないといけません。

 明日もおにいちゃんと遊べるかな。


 おやすみなさい。




――――――――◆



 

「――おやすみ」




 薄明かりの中、一定間隔で響く車輪の音――。

 ユウトは静かに言って、隣で眠る兄妹の上に使い古された毛布をかける。


「よほど楽しかったんでしょうね――ありがとうございました」


 向かいに座る、簡素な服に身を包んだ女性がユウトに頭を下げる。女性の顔はやつれ、顔色もあまりよくはなかった。


 彼らのまわりでは、同じようにこの最低等級の寝台車両――有り体に言えばただの荷台に雑魚寝する乗客達が、思い思いの時間を過ごしている。


「俺の方こそ――。元気なお子さんですね」

「ええ。本当に、それだけが望みです」


 女性は疲れをたたえた表情で頷き、足下で眠る少女の頬をなでた――。


「私達のいた区画は限界でした。日増しにエネミーの襲撃が激しくなって……毎日のように、誰かが――」

「待って――静かに」


 女性はそのまま話しを続けようとした。だが、それをユウトは制する。そして何かを探るような素振りを見せる――。


「――来た」


 それは、常人であれば決して気づかなかったであろう兆候。レールの上を走り抜ける旧式のディーゼル大型列車。その金属製の側面に、鋭いカギ爪が食い込む音――。


 警報装置は反応しない。この車両で他にその兆候を察知した者はいない。


『ユウト、エネミーを確認。熱源反応多数――』


 アリスの声がユウトに届く。ユウトはその声にも特段驚かず、しかし鋭い眼差しで窓の向こうに広がる闇を見つめる――。






『エネミー』それは、人類全ての傲慢の産物。


 21世紀後半、技術革新に限界が見え始めていた人類は、遺伝子操作による強制的な進化を模索していた。そして、その模索の結果がエネミーと呼ばれる人造生物の誕生――。


 人類は、自らの手で自らの天敵を生み出してしまう――。


 世界がアンダーとオーバーに隔てられたのも、GIGと呼ばれる民間軍事企業が組織され、大きな権力を持つようになったのも、元を辿れば全てはこのエネミーの存在が根源にある。




 そして、エネミーの出現から数十年。様々な特性を持ち、一度野放しとなったエネミーへの対処は、すでに、人類の手綱を離れていたのだ――。






『情報通り、エネミータイプはロングアームで間違いなさそう。ユウト、いける?』


 列車内部――緊張した様子のアリスの声に、ユウトが応える。


「うん、こっちでも確認した」


 ユウトは立ち上がりつつ返答すると、自分を不安そうに見上げる女性に向かって笑みを向ける。


「絶対にここを動かないでください。皆さんのことは、俺が守ります」

「まさか、あなたのお仕事って――」

「傭兵です」


 ユウトは短く告げると、そのまま先頭車両に向かって駆けだしていく。


「絶対に動かないでくださいね!」


 その声を残してユウトの姿は別の車両へと消える。


 そしてそれと同時、車内に警報が鳴り響き、肩を寄せ合う乗客達を明滅めいめつする赤い光が照らし出した――。




――――――――◆



 

「はぁあああああ!」


 一閃。


 旧式ではあるが、豪奢ごうしゃな意匠が施された一等車両内部。赤熱した白刃はくじんが灰色の肌を持つ異形の人型を切り裂く。


 白刃の主は即座に跳躍。閉所であるにも関わらず、その小柄な体躯をバネのようにしならせ、一瞬で三体の異形を叩き伏せる。


「弱いっ!」


 鮮血が舞い散る車両内。

 

 しなやかな肉体を軽装で包み、その長い赤髪をひとまとめにした少女が苛立ちも露わに吐き捨てる。


「こんな弱くてっ!」


 左手に持った赤熱刀せきねつとうで後方の異形を切り裂く。


「なにするつもりだったのよっ!」


 右手に持った赤熱刀で、前方から迫る異形の両腕をたたき折る。


「がっかり!」


 そう言って、鮮血に沈む異形を馬鹿にするように鼻で笑う。だが――。


 銃声。少女がその音に驚いて振り向くと、未だ息のあった異形の頭部が、一発の弾丸で撃ち抜かれる。


「気をつけて、エネミーは人間よりしぶとい」

「ユウトっ!? そっちは終わったの?」


 銃声の主。ユウトの姿を見た少女は驚きに目を見開くと、ユウトに歩み寄りながら周囲を見回す。 


「べ、別に、あんたに助けて貰わなくたって私一人で――!」

「油断しちゃ駄目だ。協力して守ろう、クロエ」

「む~。わ、わかったわよ!」


 クロエは渋々といった様子で頷くと、左右の腕に装着された赤熱刀を振り払う。ユウトも同じように頷き、素早く弾倉を交換。スライドを引いてリロードを完了する。



 

 少女の名はクロエ・デュノキセス。GIGランクB級三位。


 赤熱刀を使った近接戦闘を得意とするアタッカーである。

 今回、ユウトは彼女と二人、目的地までこの列車を護衛するべく乗り込んでいた。




「いい? 私がB級だからって、甘く見ないでよね」

「わかってる。三位になったって聞いたよ、おめでとう」

「そ、そうよ! 三位、あなたと同じ三位なんだから!」


 ユウトはクロエのその声には応えずに窓枠を外す。

 ゴウっという強い風が車内に吹き込み、ユウトは月と人工灯に照らされた車外に身を躍らせる。


「ちょっと! どこいくの?」

「中に入ったエネミーは全部倒した、後は外だ」

「外――」


 近年まで安全だったこの区画も、ここ数週間はエネミーによる被害が続出。


 特に、伸縮自在の強靱な手足を持つロングアームによる列車被害は深刻で、今回S級のユウトに依頼が回ったのも、鉄道運営当局の『この一度で今後の被害発生を止める』という覚悟の現われでもあった。




 強烈な風圧に煽られつつ、二人は列車の上へと素早く登る。

 ユウトはそこで目を細め、先頭前方、闇の中に浮かび上がる敵の姿を捉える――。




 ――ユウトの視線の先、そこには巨大な怪物の姿。

 その巨体に似合わぬ細く、長い手足――手足まで含めれば、その全長は10メートルは優に超えているであろう、異常進化したロングアーム。


 先頭車両に楔を打ち込むように食らいつく巨大なロングアームは、先頭車両の窓ガラスを打ち破り、不気味な音を立てて中の様子を伺っている。


「クロエ、運転していた二人は?」

「真っ先に避難させたわ。今は自動運転」

「わかった。ありがとう」


 巨体を乗せて加速する列車。

 ユウトは二丁の拳銃を構え、クロエの持つ赤熱刀が発熱を開始――。


『目標は大型エネミー<<ロングアーム>>です。伸縮自在の手足と、強力な再生能力を持っていますが、脳髄を破壊することで無力化できます』


「了解。クロエは手を!」

「任せて!」


 二人が飛ぶ。


 正面から叩き付けられる風も意に介さない。二人は自身を弾丸と化して特攻。


 同時にロングアームが二人の存在に気づく。取り付いた四本の手とは別に、その背中から数本の手が生え出る。だが――。


 ユウトが速い。


 数両に及ぶ車両距離を、一瞬で無にしてロングアームに迫る。

 なぎ払うロングアーム。その腕はそれぞれが数メートルにまで伸び、鞭のようにしなりながらユウトを狙う。


 が、届かない。


「あんた――っ、速すぎ!」


 ひるがえる一閃。


 僅かに湾曲したクロエの赤熱刀が、しなる腕を一刀のもとに両断。切り離され、落下した腕がレールに挟まれ血飛沫を上げる。

 クロエは反対側から迫るもう一本の腕も切り上げ一閃。それと同時に跳躍し、更に二人を狙う上空の腕も空中旋回、正円を描いて切断する。


「これでどう!? 後は任せたわよ!」

「よし――」


 跳躍の代償として、列車から落下していくクロエ。


 腕を失い、苦悶の雄叫びを上げるロングアーム。そしてその眼前に、十分に接近し、体勢を整えたユウトが飛んだ――。


 銃声。銃声。銃声の連打。


 跳躍したユウトを狙い、車両から手を離すロングアーム。

 

 もっとも強靱な二本の腕が、ユウトを狙い左右から迫る。だが、それもまた届かない。空中に浮遊し、姿勢変更不可能なはずのユウトの体が、何かに弾かれたかのように二度、三度と跳ね回り、攻撃を回避。


 驚愕に見開かれるロングアームの両目。


 その巨大な双眸に、ユウトの放った無数の弾丸が吸い込まれ、貫通。眼底を破壊し、その奥に隠された脳髄をぐずぐずに攪拌かくはん

 空中のユウトは迫り来るロングアームの頭部を凄まじい勢いで蹴り飛ばし、自分もろとも列車から引きはがす。


 ぐるりと回り、裏返る瞳。

 ロングアームの血に濡れた生涯と意識が黒に染まり、ブツリと途絶えた――。




――――――――◆



 

 次の日、ぼくが目を覚ますと、列車はあたらしい町についていました。


 でも、そのときぼくはとても大切なことに気がついたんです。

 昨日あそんでくれた、お兄ちゃんがいないんです。


 ぼくは、妹といっしょにお母さんに聞きました。お兄ちゃんはどこ?って。

 すると、お母さんはいいました。


「お兄ちゃんは、お仕事があるから、先に降りるって」

「え~~! なんで起こしてくれなかったの!?」


 ぼくと妹はお母さんにいいました。

 だって、まだいっぱい遊びたかったし、それに、お別れだっていってない……。


「私たちが町につけたのは、お兄ちゃんのお仕事のおかげなのよ。だから、もし今度お兄ちゃんに会えたら、お礼をいいましょうね」


 ぼくはお母さんの話はよくわからなかったけど、なんだかうれしい気持ちになって窓から外に向かって、言いました。


「ありがとうお兄ちゃん! また会おうね!」




――――――――◆



 

「もー! なんで次の町まで歩かなくちゃいけないのよ!」


 眩いばかりの朝焼けに照らされた大地に、憤慨したクロエの声が響く。

「大丈夫。もうすぐアリスが迎えに来るよ」


 そんなクロエに笑みを浮かべ、ユウトは一定の速度で荒野を歩いていく。


「……アリスって、ユウトのナビでしょ? よ、呼ばなくていいわよ……!」

「え? そんなこと言われても、もうそろそろ見えて――」


 姿を現わした太陽に映る影。

 クロエも何度か見たことのある、ユウトの輸送ヘリ――。


「おーい! こっちこっち!」

「……あーあ」




 クロエはその光景に心底残念そうな溜息をつくと、そのまま手を振るユウトについて、光の中を歩いて行くのであった――。

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