階級 ―The Class―

『人類は、みな平等であるべきです。アンダーやオーバーなどという壁に隔てられた今の世界は、確実に滅びに向かっていると言えるでしょう! ぜひ、次の選挙ではこのタリ・ライレインに――』


 陽の光に照らされた小綺麗なオフィス街。大音量で流される放送にも、道行く一般人は注意を払わない――。


「うるせぇな」


 その大通りの一角。林立する高層ビルの一つ。その中で、俺はイラついた呟きと共に愛用の大型拳銃で照準を定める。


『人類は、みな平等であるべきです。アンダーやオーバーなどという壁に隔てられた今の世界は――』


「黙ってろ」


 銃声とともにスピーカーが破壊され、耳障りな放送が終わる。


 静謐さすらたたえたビル内で、黒服の男5人が血の海に沈む。男達はみな正確に眉間、もしくは首、もしくは心臓を撃ち抜かれ、即死。断末魔の悲鳴すら上げずに死んだ。


 そして、その惨劇を引き起こした張本人は――俺だ。




「やっと静かになったな」




 俺の名はラウール。 


 世界中で勃発する軍事紛争に、国家の代理として対応する民間軍事企業『GIG』ガーディアン・インダストリ・ギルド所属の傭兵。

 今回俺は、このビルで放送を行う政治家、タリ・ライレインの暗殺を請け負った。

 

 こいつらは、任務のために必要な犠牲ってわけだ。




『ラウール。ターゲットは上だ。階段を使え』

「わかった」


 楽な仕事だ。


 自慢じゃないが、俺のGIGランクはA。戦力で言えば、俺を止めるには武装した歩兵数十人が必要になる。政治家風情の護衛ごときじゃ相手にもならない。俺は左目に備わった生体直結型のデバイスを操作し、ビルの構造を確認する。


 この階の奴らはそれなりに手慣れていた。俺の襲撃を確認した護衛共は、即座に上層へ続くエレベーターを止めやがった。おかげで、俺はこうして階段を使うハメになっ たわけだが……。


「楽な仕事だ」

『油断は貴様の悪い癖だ』


 皮肉めいた口調で言う俺に、ナビの鋭い指摘が突き刺さる。


「ようやくA級まで上り詰めたんだ。ヘマはしない」

『そうしてくれ』  


 ふと、僅かに柔らかい口調を見せるナビの――俺の相棒、ルビィの声。


 口調はキツいが、実物は相当な美女だ。


 GIGに所属し、こいつが俺のナビだと言われたときは、生まれて初めて神ってもんに感謝した程だった。


「俺のランクが上がれば、お前だって嬉しいだろ?」

『――特段、そのようなことはない。そして、Aの上はSしかない。お前にS級は無理だ』


「はっ、手厳しいね」


 長く続く階段を昇りつつ、俺は肩をすくめた。


 ――GIGには、傭兵の実力に応じたCからSまでのランクがある。


 A級ともなればその実力は折り紙付き。国家から直接の指名依頼だって入る。

 一仕事の報酬も、それだけで一生遊んで暮らせるほどだ。が――俺はそんなことで満足しちゃあいない。


「俺はお前が欲しいんだ。ルビィ」

『任務に集中しろ。ラウール』


 相変わらずそっけないルビィの態度。当然そんなことでめげる俺じゃない。


「もし俺がS級になったら、少しは考えてくれるか?」

『……』


 俺の問いに、ルビィは無言。

 階段が終わる。ターゲットが居るのは、ここの階か――。


「目的の階についた。今から突入する」

『――わかった。用心しろ』


 俺の存在は既に明らかになっている可能性が高い。そして進入路はこの非常階段だけ。俺は扉にワイヤーをかけ、数メートルの距離をとってゆっくりと引く――。




 ――が、待ち伏せを警戒した俺のあてはあっけなく裏切られる。

 銃声も、トラップもない。重い金属製のドアが、ただ引き開けられただけ――。




(間抜けか、罠か)




 だが、扉が開けばいくらでもやりようはある。俺は即座に扉の向こう側をスキャンする。広々とした来賓用の展望ホール――。


 生体反応は――5つ。


 4つは奥のバリケード状の棚の向こう。1つがホールの中央で待ち構えてる。俺は、思わずヒュウと口笛を吹いた。


「随分と男前じゃないか。西部劇のガンマンにでもなったつもりか?」

 俺は言いながら扉を潜り、拳銃を構えてホールへと進み出る。




「――乱戦にはしたくなかった」


 そこには、灰と黒のパーカージャケット。そして二丁の拳銃のうち、一丁を俺に対して構えて立つ黒髪の少年の姿――。


 身なりはガキだが、その堂に入った構え。そして射貫かれただけで心臓まで掌握されているような眼光。このガキがただ者じゃないことは一目でわかった。


 下手をすれば、俺よりも――。


「お前一人、政治家様の護衛ってわけか?」


 軽口を叩きつつ、俺は生体デバイスでルビィに状況を送信する。


「少ない方が楽なんだ」

「同意だ。足手まといが何人居ようが、壁にもなりゃしねえ」

『(ラウール、今すぐ任務を放棄し撤退しろ。その少年はユウト・キサラギ。S級三位。同業者だ)』


 銃を構えたままの俺に、若干焦りを含んだルビィの声が届く。同僚だと?

 しかもS級ときたもんだ。


 傭兵同士の任務のかち合いは日常茶飯事。


 GIGはデカイ組織だ、所属する人数も膨大。そいつらが請け負う依頼全てを管理するなんて出来ちゃいない。だが、そこには自然と暗黙の了解がある。




『階級が上の相手には譲る』




 それはGIGに入る報酬の額からも、俺達の安全のためにも必要なルールだ。


『(どうしたラウール。三位は戦闘狂ではない。身分を明かせば戦闘になる確率は低い)』


 高速で思考する俺の脳内。どこか遠くでルビィの声が響く。




 S級三位――ユウト・キサラギ。

 純粋な身体能力のみでS級に君臨する唯一の存在――。


「ああ、今確認が取れた。俺はラウール。同業者だ」


 俺は両手を挙げ、三位に対し戦闘の意志がないことを示す。


「そっちのナビにも確認してくれ。すぐにわかるはずだ」

「――A級の、ラウール・ヴァルメラール。俺の方でも確認できました」


 三位は視線だけで頷く。

 銃口は……降ろさない。獲物は俺に向けたまま。




 流石はS級ってところか――。




「おいおい、ルールは知ってるだろ? あんたとやり合うつもりはねぇよ」


 俺が拳銃を胸のホルスターにしまうと、やっとのことで三位は銃口を俺から外す。


(――他のバケモノ共はともかく、純粋な身体能力だけなら、俺にも勝機はあるんじゃないのか?)


 俺の左半身は大規模な機械化手術を受けている。


 拳銃を抜く速度は生身の常人を遙かに超え、一度銃口を向ければ、脳神経とリンクした特注の銃が、0コンマ1ミリの誤差も許さない正確性で相手を撃ち抜く。


 三位がここまで銃だけでのし上がったというのなら、それは俺も同じ事だ。


(不意の遭遇とは言え、S級を倒したとなれば俺がその後釜に座る可能性は高い――)


 俺の脳裏に、先ほど交わしたルビィとの会話が蘇る。


 ――もし俺がS級になったら、少しは考えてくれるか?――


 ルビィは返事をしなかったが、そもそもあいつが返事をしない時点で肯定しているようなもんだ。

 

(俺はA級なんて肩書きには興味もない。金にも、明日の生活にもだ)


 ただ一人の女が俺の元にいてくれればいい。

 

 それを手に入れられるのなら、俺はどんな奴だって倒し、上回ってみせる。そう、その相手が例え、世界で七人しかいないS級傭兵の一人だったとしても――。


 ゆっくりと距離を取る。


 三位の意識は俺に向いたまま、これを外すことは出来ない。

 銃口を降ろさせただけでも奇跡だ。後は早撃ちと正確性で勝負は決まる。


『(心拍数、脈拍が上がっているぞ。ラウール、何を考えている!?)』


 ルビィの声が聞こえる。待ってろ。もうすぐお前を手に入れてみせる――。


 瞬間、俺は左足のギミックを作動させ、右側面に向かって一瞬で加速。同時に空中でホルスターから拳銃を引き抜く。

 拳銃と脳神経がリンクし、左目のデバイスにロックカーソルが点滅。不意の一撃にまだ俺へと照準を付けている最中の三位に先んじ――。


「――っ!?」


 銃声が聞こえた。


 俺が握り込んだ拳銃がはじけ飛び、空中で爆散。次いで左膝関節、左肩間接に着弾。機械化されたパーツ同士の接続が破壊され、ちぎれて切断される。

 一瞬で丸裸にされた俺は跳躍の勢いを殺すことが出来ず、壁面に叩き付けられ無様にはね飛ばされて地面を舐めた。


「く、クソッ!」


 唾を吐き、俺は残った右腕を地面に叩きつけ、必死で起き上がろうとする。

 まだだ、まだ終わってねえ!


「――よく狙われるんです。俺」


ゾクリ――。

心臓を鷲づかみにされたような感覚。


「でも――俺だってそう簡単に死ぬわけにはいかない」


 拳銃のトリガーに指をかける音――。


「すまねぇ、ルビィ……また始末書だ」

『――この、大馬鹿者が!』


 銃声。そして衝撃。それと同時に、俺の意識は闇の中に消えた――。




◆―――――――◆




 ――それから数日後。俺は、病院のベッドの上で目を覚ました。




 始めは状況を把握できなかった俺も、山積みになった諸々の請求書と、始末書。そしてGIGからのB級降格通知には綺麗さっぱり目が覚めた。


 どうやら、三位は俺を殺しはしなかったらしい。


 だが、ご丁寧に機械化された部分はしっかりと壊していきやがった。一体いくらかかると思ってやがる――。


「これに懲りたら、二度と馬鹿なことはするな」


 包帯でミイラのようになって寝る俺の横。パンツスーツ姿のルビィがいつも以上にキツい口調で口を開く。


「そうは言ってもよ。俺がS級になったら、俺とくっつくのを考えるってお前――」

「言った覚えはない」


「……たしかに」


 ルビィは無感情な瞳で包帯の隙間から覗く俺の瞳を射貫くと、ことさら念を押すように言う。


「私は自分の命を大切にしない者。明日を考えない者と生涯を共にしようとは思わない。つまり、傭兵相手など初めから御免被るということだ」  

「な!? そ、そうなのか……なら、俺もう傭兵やめ――」


「出来ると思うか? これだけの賠償額。貴様のような男が傭兵以外でどうやって返すというのだ。まずはこれを返済してからそういうことは言うのだな」


 ルビィの目線は再び山積みになった書類へと向けられる。俺はそれを見て、うんざりという風に包帯だらけの体をすくめた――。


 ――S級三位。ユウト・キサラギ。


 奴がなぜ俺を殺さなかったのかはわからない。


 だが、あのときの一瞬の交錯。

 

 俺が銃を抜いたときには、俺の銃は既にやつに撃ち抜かれていた。

 あの速さ――人間には到底不可能。機械ですら同じだろう。


 俺は、最愛の女とのひとときを再び与えてくれた三位に感謝しつつも――。


 あの少年の持つ底知れぬ力によって、一生消えることのない恐怖を植え付けられたことを、はっきりと自覚していたのだった――。


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