ユウト・キサラギ
日常 ―Daily―
霞む月光に照らされたビル街。
普段であれば、無数の街灯に照らし出されているはずのその街並み。しかし今、その通りは不気味な程に静まりかえり、薄い月明かりの中に暗く沈み込んでいた――。
『――しかし、こうも毎日続くとダレちまうな。他の地区の奴らがどうなったかは、向こうだって知ってるだろうに』
『必死なのさ。アンダーの暮らしはそれはそれはギリギリらしいじゃないか。こうでもしなきゃ、飯も食えないんだろう』
漆黒の闇の中、重厚なエンジン音が林立するビルの中を進む。
『だからって施設ごと占拠するか? 上と直談判するのが望みらしいが、いつの時代の発想だよ』
『さあな。アンダーの奴らの考えることはようわからん。話し合いより皆殺しにしたほうが楽だって、知らないのかもな?』
『『 ハハハハッ! 』』
闇の中を進むトラックの一台から、大きな笑い声が上がった――。
◆―――――――◆
『――ト。ユウト。聞こえてる?』
「ん、ごめん。聞こえてる」
闇の中、蜘蛛の巣状に張り巡らされたビル街の路線。その上を進む車列を見下ろす一人の少年。
『大丈夫?』
「――大丈夫」
10代半ばの容貌に、闇に溶け込む黒い髪と黒い瞳。灰色と黒のパーカージャケットとカーゴパンツ。
ともすれば、ただこの場所に居合わせただけとも見えるような姿。
しかし、ユウトと呼ばれた少年は、眼下の隊列が近づくのをみとめると、大腿部に装着した左右のレッグホルスターから、二丁の拳銃を引き抜く。
『装甲車両2台。戦闘車両1台。輸送トラック3台。恐らく総員は50名以上――気をつけてね』
「ありがとう。アリス」
地上数十メートル。高層ビル屋上。ユウトはゆっくりと両手を広げ、屋上の縁から身を乗り出す。
「行ってくる」
『待ってる』
ユウトは吹き上げるビル風を全身で受けとめながら、倒れ込むように隊列の放つ眩い光の中に落下。漆黒の闇から光り輝く白へと身を躍らせた――。
◆―――――――◆
『目標まで3分』
隊列を組む輸送トラック内部。弛緩しきったコンテナ内の空気が、アナウンスと共に鋭く凍てつく。
「総員、安全装置解除」
コンテナ最奥、指揮官らしき男が指示を飛ばす。それを受けた隊員達が、一糸乱れぬ動作で携行するアサルトライフルをチェック、ロックを解除する。
「今回の作戦目標は、エリアBの発電施設を不法占拠する労働者全ての排除だ。繰り返す。労働者全てを排除しろ」
「武装・非武装の選別は?」
「問わない。非武装の者も全て『排除』しろ」
再度確認される作戦目標。隊員達は冷酷なその指示にも動じることなく、黙々と装備のチェックを終える。
――彼らに油断がなかったとは言えない。
なぜなら、彼らがこれから戦うはずの相手は所詮、非力な労働者に過ぎないからだ。だが、少なくとも彼らは与えられた指示を正確にこなし、任務にも忠実だった。
彼らに落ち度があったとすれば、その非力な労働者達が連絡をとった相手を把握していなかったこと――。
銃声。そして閃光。
指揮官の乗った輸送トラック前方。先頭を行く装甲車が突如として爆発。横転し、隊列の行く手を塞ぐ。
「何があった!?」
異変に気づいた指揮官は即座に状況確認を行おうとするが、それはもう一つの爆発。最後尾を走っていた兵員輸送トラックの爆発炎上で阻止される。
「退路を……総員散開!」
前方と後方を一瞬にして塞がれた指揮官の背筋に、鋭利なナイフのごとき悪寒が突きつけられる。
あわだち、吹き出す冷や汗にも気づかぬまま、指揮官の男は残る隊員達に散開の指示を出す。敵の武装がわからない。車内に留まっていては一網打尽だ。
だが、即座に銃を構え、車外へと飛び出した指揮官は見た。
闇夜と爆発の炎に照らし出され、漆黒と深紅の中を舞う襲撃者の姿を。
戦闘を開始した隊員達の発する無数のマズルフラッシュ。
少年は隊列後方の爆炎を背に銃撃を側宙回避、上下逆の姿勢で発砲。一発、二発、三発。発砲と同時に3つのマズルフラッシュが消える。
既に輸送トラックの爆発で、総員58名の隊員のうち半数は殺害されている。
施設破壊用のロケット弾を装備した戦闘車両は対人には無力。まさか、こんな事態がありえるのか――。
半ば闇雲に放たれる銃撃の中、少年は先制の一撃で破壊した装甲車両から、いまだ無傷の装甲車両へと一足飛びに跳躍、着地すると、信じられない
常人相手ならば決してありえないその状況に、車両内部から悲鳴があがり、同時に放たれた少年の弾丸がその悲鳴を止めた。
少年は沈黙した装甲車両からさらに跳躍。
建ち並ぶビル壁面に着地すると、壁面を垂直に駆け抜ける。そしてそのまま隊員達の頭上から発砲。急所を正確に射貫かれた隊員達が、物言わぬ
死と惨劇をもたらす黒と灰の銃撃の嵐。
銃声が徐々に散発的になり、闇と炎のコントラストの中、動くものが消えていく。
――時間にして一分。戦闘は終わった。
炎上する車両と、炎に照らし出された無数の血だまり。
そして、その海に沈む隊員達――。
惨劇の中、立ち尽くす指揮官。
結局、彼は何もできなかった。
散開の指示は間違っていたか。
密集し、火力を集中させるべきだったか。
制圧用のショットガンを装備させていれば――。
指揮官の視界の端、灰と黒の影が映りこむ。
同時に、彼の脳裏にいくつもの思考が巡り、ブツリと途絶えた――。
◆―――――――◆
陽が昇る。古錆びた工場街の一角から大歓声が上がる。
汗と油にまみれ、やつれはてた姿の労働者達が、勝利の雄叫びをあげていたのだ。
「これでやつらも重い腰を上げるに違いねぇ!」
「ああ! 俺達だってやるときはやるんだ!」
そう口々に言い合いながら、みな涙を流して喜びを露わにする。
――エネルギー拠点の一斉占拠。
普段の苦しい待遇に耐えかねた彼らアンダーの労働者達は、最後の手段として暴力という手に打って出た。だが、当然ながらその結果は残酷だった――。
彼ら以外の拠点を占拠しに向かった者達は、一人残らず殺害され、即座に新たな労働者と入れ替えられたのだから――。
「全部あんたのおかげだ。ありがとう」
リーダーらしき人物が喜びの輪の外へと声をかける。そこには僅かに返り血を浴びた、灰と黒のパーカージャケットの少年――ユウトが立っていた。
「……俺は、依頼を果たしただけです」
ユウトは複雑な表情を浮かべ、目を逸らす。
「――これで襲撃が終わりかはわかりません。でももし次が来たら――」
「俺達はあんたを一回雇うのに全財産をはたいた……次は、もう防げないだろうな……」
喜びもつかの間。
突きつけられるその事実に、労働者達の笑みは終わる。だが――。
「いいんだ。この一度が、きっと変わるきっかけになる」
そう言って、リーダーはユウトの手を両手でしっかりと握り、笑った――。
◆―――――――◆
その後、無償での護衛を申し出たユウトに対し、労働者達はその申し出を丁重に断っている――。
彼らがなぜユウトの申し出を断ったのか。
今となっては、それを知るものは誰もいない――。
◆―――――――◆
「この前依頼があった施設……結局、あの後の三度目の襲撃で――」
「――うん。知ってる」
整理されたガレージハウスの中。屋内の小型端末から幾つかの報告に目を通していた青髪の少女がぽつりと呟く。
少女はかけていた眼鏡を外し、ユウトに向かって振り返ると、静かに尋ねた――。
「なにか、変わったのかな――」
「――変わったよ。少なくとも、俺は」
ユウトは言って、愛用の拳銃にゆっくりとその手を置いた――。
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