キングサクリファイス

深夜太陽男【シンヤラーメン】

第1話

     ○


 父親とはよくチェスをさせられた。自分は最後まで好きになれなかったが、このゲームには大事なことが全て詰まっていると頑なに付き合わされた。

 チェスは白黒のマス目に駒を並べ動かし、相手の王様を捕れば勝ちとなる。駒にはそれぞれ特性がある。戦車を模したルークは縦横方向に何マスでも動ける。僧侶のビショップは斜めに、兵隊のポーンは前に1マスのみとなる。そして戦略もある。サクリファイスという、自分の駒を犠牲にして相手を誘い動かし、自分に有利となる状況を作り出す方法だ。政治も戦争もチェスと同じだと父は豪語した。僕はそれを好まなかった。盤上のゲームと実際の人間の営みは違うはずだ。下々を犠牲にしてまで王が生き残る理由がわからなかった。

 そんな少年時代の思いが、僕を王殺しに駆り立てたのだろう。


     ○


 表向きには、この国は非常に安泰であったと言える。王である父の内政も戦争の仕方も保守的であった。しかし不満を持つ者も多くいた。他国に比べて勢力が弱いのだ。それに王は最前線の兵隊の疲弊具合を知らず無茶を言ったり、労働者や官吏にも労いというものがなかった。冷徹の王とも呼ばれていた。社会状況が豊かになる見込みはないのにこき使われる民たち。王は自分が生き残る道しか考えていないのではないか。

 現王政に反対の官吏や兵を集め、僕は父の暗殺を企てた。息子が敵になることはさすがに予想できなかったのだろう。父はあっさりと罠にかかり、政治家たちの根回しにより僕は何の咎めもなく王に就任した。


     ○


 僕は兵を率いて自ら最前線に出陣した。そのほうが士気が高まるし自分の仕事にも誇りが持てるからだ。僕は領土拡大に努めた。成果を上げた者には見合った褒美を与えた。無駄に命を消耗しないようにと後手に回り、非効率ながらも戦を進めることもあった。度重なる遠征で城に帰還できる回数は減っていくばかりだが、功績を増やしていけば兵からも民からも崇められ、それは理想の王にしか味わえない充実感であった。


     ○


 とある戦にて、僕は志半ばで死ぬことになる。濃霧に囲まれた戦場、先を走りすぎた僕と小隊は本陣を離れて指揮が取れなくなってしまった。混乱しているところを敵に攻め入られ惨敗。僕もそこで首を落された。

 後は墓場の中で聞いた話である。僕は内政のほとんどを官吏に任せていたが、どうやら権力を濫用し金利を喰い漁っていたらしい。僕が勝ち取った戦利品は民には回らず高官たちの喰いものにされていただけであった。政治内容は腐りきっており、治安はかなり悪化していたみたいだ。僕をやたら戦場へ仕向けたのも政治家たちの思惑で、敵国との内通によりこの国は堕ちたのだと。僕の国は敵国の名前となり、消失した。


     ○


 墓場の下で、僕と父はチェスをしていた。王の器や資質はどうとか、城や兵を失っても王さえ残れば国は残ると父は説教を垂れる。もうそんな言葉に意味はないと聞き流しながらも、どんなに熟考しても僕は父に勝てそうになかった。

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キングサクリファイス 深夜太陽男【シンヤラーメン】 @anroku

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