第十章十一節 覚悟の問い直し(前編)
「わかった」
その頼みを聞いた龍野は、ヴァイスについて行く。
少ししてヴァイスの部屋に着くと、彼女の手引きで入室した。
「そこに座って」
ヴァイスが指した場所は、彼女のベッドだ。
椅子が二つも無い以上、やむを得ない事である。
龍野はすんなりと、ヴァイスのベッドに腰掛けた。
それを確かめたヴァイスもまた、自分用の椅子に腰掛ける。
「……さて」
そしてヴァイスは、龍野に尋ねた。
「龍野君。
何があったのか、話してくれるわよね?」
「……ああ」
ヴァイスの命令じみた頼みを、しかし龍野は口答え一つせずに承服した。
ぽつりぽつりと、話し始める。
「俺は久しぶりに学校に行った。
それからしばらくして、鎌倉見学に向かう事になったんだ」
少しずつ、己の感情を整理するように、龍野は話し始める。
「たった一ヶ月そこら、戦いを経験してなかった。それだけで、俺はすっかり、平和になったと勘違いしてたんだ。
実際、その日の午前中までは平和だった。午前中までは」
無意識のうちに、ズボンを握りしめている龍野。
ヴァイスはただ、静かに話を聞いていた。
「帰ろうとした時、崇城麗華が現れた。
バスはジャックされ、友人達は連れ去られ、俺は取り残された。だから必死に、あいつを追った。魔術を使ってまで」
飛び出した問題発言――民間人のいる場所での魔術行使――にも、ヴァイスは反応しない。
ずっと黙って、龍野の話を聞いている。
「一度は追いついた。
けれど、ワケのわからない力を持った少女に、あっさりと突き放された。
そこを、お前の飼っている猫のプフィルズィに助けられたんだ。何故か、な」
にわかには信じがたい、「猫が人間を助ける」という言葉。
それすらも、ヴァイスは反応しなかった。
「そして、プフィルズィのお陰で俺は、麗華や連れ去られた友人達の場所にたどり着けた。
けれど、その時には……。もう、手遅れ……で……。ッ……!」
そこまで言い終えたところで、龍野の目には涙が溢れる。
それを見たヴァイスは、自らの体を龍野の体に寄せた。
「それは辛かったわね……。
龍野君。私の胸で泣きなさい」
「ッ……あぁっ!
ちくしょう……ちくしょうッ!」
龍野はドレスの裾を乱暴に握りしめると、こみ上がる悲しさを、ひたすらヴァイスにぶつけていた。
ヴァイスはそんな龍野を抱擁し、泣き止むまで、ひたすら龍野の頭を撫でていた……。
*
「……」
「あら、龍野君。
どうしたのかしら?」
しばしの時間が経ち、龍野は黙りこくる。
嗚咽一つ漏らさず、ただ、ヴァイスを抱きしめていた。
「龍野君。
もしかして、震えているの?」
「ッ……」
「何かに、怯えているの?」
ヴァイスの問いに、龍野はわずかに首を縦に振った。
そして、か細い声で話し始める。
「……怖いんだ」
「何が?」
「……何かを、失うのが」
「そうね。
私も、怖かった」
ヴァイスはいまだ龍野を抱きしめたまま、ゆったりとした様子で語り始める。
「小さい頃に出会って、それからずっと一緒で。
おんなじ道を、六年間も一緒に歩いた、ある男の子がおりました」
ヴァイスはさらに龍野を抱き寄せ、耳元で囁き始めた。
「その子はとっても勇敢で、また、とっても優しい子供でした。
いつも、私に良くしてくれておりました」
龍野の手が、震えはじめる。
それを感じ取ったヴァイスは、右手で頭を撫でた。
「私が危ない目に遭っていたときも、身を挺して助けてくれました。
最初から最後まで、ずっと、私の味方でした」
龍野が、ヴァイスの身に着けているドレスの裾を、ぎゅっと握りしめる。
「だから私は、いつしかその子を、好きになりました。
……しかし、ある時、どうしてもその子と別れる事になりました」
龍野の体が、目に見えてこわばった。
「私は、怖くなりました。
怖くなって、泣き出しました。
両親に、必死で、別れないように訴え続けました」
それでもヴァイスは、優しく語り続けた。
「けれど、その訴えは聞き届けられませんでした。
私は、その子と別れる事になったのです。
そして、別れの日。
その子は、駆け付けてきてくれました。
私を見送ってくれるために。
そうして三年が経ったある日、私は手紙を送ることにしました。
その子と巡り合うために。
そして心優しいその子は、変わらず元気な、けれど立派になって、私に会ってくれたのです。
……ありがとう、龍野君」
龍野は静かに涙を流しながら、ヴァイスの体にすがりついていた。
けれど、笑顔だった。
心配事が溶けて消えたかのような笑顔を、龍野は浮かべていた。
「……こちらこそ」
龍野は涙声で、けれどもはっきりと、その言葉を伝える。
「こちらこそ、ありがとよ。
ヴァイス」
またしばらくの間、龍野とヴァイスは、抱き合っていた……。
*
ヴァイスのぬくもりを存分に感じ、感情を整理し終えた龍野は、ヴァイスの部屋を後にする。
「ふむ、やはりここにいたか。
ヴァイスともども姿をくらましたから、予想はしていたが」
「エーデルヘルト陛下!?」
龍野は慌てて姿勢を正す。
が、エーデルヘルトはまたも、手で制した。
「気にするな、楽にせよ。
それよりも、だ。ここにヴァイスがいるのだろう。
須王龍野、貴様も一緒に聞いてもらう話がある」
「はっ」
エーデルヘルトはそのまま、ヴァイスの部屋をカードキーで解錠して開ける。
「お父様!?」
「よい、楽にせよヴァイス」
エーデルヘルトは壁に立つと、話を切り出した。
「須王龍野。私と魔術で勝負せよ」
「是非とも受けさせていただきます。陛下」
「龍野君!?」
龍野は即答し、ヴァイスは龍野の様子の驚愕していた。
そしてエーデルヘルトは、満足そうに頷いたのであった。
「では、一時間後に始めるとしよう」
それだけ告げると、ヴァイスの部屋を後にしたのであった。
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