第十章十節 何度目かのヴァレンティア

 ヴァレンティアから派遣された連絡機に搭乗した龍野は、遠ざかる日本列島を見つめていた。


(俺は……)

「まだ、迷っているのか?」

「プフィルズィか」


 膝に乗ってきたプフィルズィを見て、龍野は己の迷いに気づく。


「まあそうだろうな。

 私が教えたものは、漠然とした内容だ。不安がるのも無理はないだろうよ」

「それは……。それは違う。

 そうじゃないんだ、プフィルズィ」

「では、どうしたのだ?

 私も読心は出来ない、教えてくれ」


 喉を鳴らしながら、自らの体を龍野の体にこすりつける。

 龍野は頭を軽く撫でながら、ぽつりぽつりと呟いた。




「やっぱりさ……。

 何かを失うってのは、痛いもんだよな」




 プフィルズィは何も、口を挟まない。

 黙って、龍野の独白を聞いていた。


「別に、お前に言われた事を忘れたわけじゃない。

 それでもな……。ただただ、悲しいんだ。俺は」


 ズボンの裾をきつく握りしめ、うつむく龍野。


「女々しいよな、ハハッ。

 わかってるんだ。これが俺の勝手な」

「勝手ではないぞ」


 と、プフィルズィが口を挟んだ。


「その感情は、至って自然なものだ。

 いかなる理由があろうと、断じて、勝手などではない」

「プフィルズィ……」


 想像の外にあった反応に、龍野は驚き、安堵する。


「同じ経験をした者として、言わせてもらった」

「そうか……ん?

 同じ経験?

 プフィルズィ、兄弟とかいたのか?」

「内緒だ」


 プフィルズィは逃げるように、龍野から飛び降りた。


「あ、待てよ!」

「断る」

「おい!

 ……まったく、自由なもんだな」


 ぶつくさ言いつつも、心を救われた気分になった龍野であった。


     *


「…………たぞ。

 着いたぞ、龍野!」

「んあ……。

 もうヴァレンティアか、親父」


 龍範に起こされた龍野は、眠気を振り捨てて飛行機を降りる。


(……ああ。

 そういや、こっから更に、車で移動するんだったな)


 そして車に乗った龍野は、ヴァレンティアの風景をボーッと眺めていた。


(それにしても……ヴァイス、か。

 思い返せば、そうだったな。

 俺はいつも、気が付けば、あいつを助けていた)


 ヴァレンティアの、ベルリンの街並みを見ながら、龍野は内省を深めていく。


(出会った頃から、俺はあいつを、無意識に見ていた。

 あいつの事となると、いつも体が、無意識に動いていた)


 静かな車内で、龍野はひたすらに、自らの感情を整理していた。


(そうだ。

 俺はあいつとずっと一緒にいたのは、俺が、あいつを好きだからだ。

 だから、いつでも一緒にいようとした)


 間もなくヴァレンティア城に着く。

 しかし今の龍野は、そのことにも気にしていなかった。


(そして、俺はヴァイスの騎士になった。

 なら、やる事は一つだけだ……!)


 龍野の内省が終わると同時に、自動車がヴァレンティア城に着いた。

 今度こそ、龍野は迷いを完全に、振り払ったのである。


     *


「親父。

 一旦はけるぜ」

「おう。

 謁見の間にいるから、後でキッチリ来いよ」


 ヴァレンティア城に着いた龍野は、一旦部屋に向かい、騎士服に着替えた。


「これで良し。

 さてと……」


 装備一式を確認した龍野は、己の手をしばし見る。

 やがて握りしめると、前を向いて歩きだした。




「悪い、遅れた……って」


 龍野が駆け足で謁見の間に着くと、そこには既に『土』と『水』のそうそうたる顔ぶれが揃っていた。

 龍範、ヴァイス、シュシュ、そしてエーデルヘルトの四人である。


「失礼いたしました、陛下!」


 エーデルヘルトを見るや否や、即座に詫びる龍野。

 しかしエーデルヘルトは、手を振って止めた。


「良い。

 それよりも早く座れ」

「はっ」


 エーデルヘルトに促され、謝罪もそこそこに座る龍野。

 それを確かめた龍範は、話を切り出した。


「揃ったな。

 そんじゃ、説明するぜ。エーデ、ヴァ……百合華ちゃん、シュシュちゃん」


 龍範はどこからか取り出した資料を、四人に渡す。

 そこには事細かに、ある事件に関する説明があった。


「さて、概要を見てくれればわかるだろうが……。

 これは“崇城麗華による民間人虐殺事件”だな」

「!?」


 龍野が露骨に驚愕した表情を見せる。

 彼にとっては、まさか龍範が龍野の関わった事件を報告するとは思っていなかったのだろう。


「戦闘の痕跡があるし、証人……証猫か?

 ヴァイスハイトもとい、プフィルズィからの証言もある。


 これに基づいて、我々『土』と『水』の同盟は、『闇』を糾弾する。


 そう、俺は見定めたぜ」


 龍範の口から語られる言葉には、“協定放棄”の意味が含まれていた。


「おそらく、『先に攻撃したのはどちらか』で揉めるだろうな。

 それに関しての情報も、魔術会でハッキリするだろう。バスにドライブレコーダーまであったしな。

 だがな、妙な点もある。崇城麗華はなぜ、龍野の友達を狙ったかって話だ。妙に腑に落ちん」

「それは本筋と関係ないだろう、龍範」

「だな。これは俺達親子が勝手に引きずっとくぜ」


 龍範はエーデルヘルトが挟んだ口を、さらりと受け止めた。


「それで、だ。

 今の話を踏まえて、俺がお前ら……エーデ、百合華ちゃん、シュシュちゃんに聞きたい事は一つだけある」


『水』の三人を順々に見ると、龍範は、簡潔に言い放った。


「異存はあるか?」


 しばしの沈黙が訪れる。

 やがて最初に口を開いたのは、ヴァイスであった。


「ありません。

 龍野君の友人を虐殺したのは、許せませんもの」

「わたくしも、お姉様と同意見ですわ」


 シュシュも続いて、意見を表明する。


「エーデ、お前は?」

「お前たちの事だ、私が止めても止まるまい。

 異存は無い」

「決まりだな。

 それじゃ、俺の報告はここまでだ」


 龍範が解散宣言を出すや否や、ヴァイスは龍野の隣に立つ。

 そして、小声でこう言った。


「龍野君。

 私の部屋に来て」

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