第十章九節 失意と決断

「クソッ……」


 あれから十数分後。

 龍野は何も出来なかった己の無力を悔いながら、『闇』の拠点を後にした。


「どうして俺は、大切なものを……。

 何もかもを、次々と失っていくんだ!?」


 次々と失う、大切なもの。

 とめどなく溢れる、後悔。


(そうだ、親父が言っていたあの言葉……)


 大切なことほど、こんな状況になって……心が悲しみで満ちてから、思い出す。

 今更かという、タイミングになってから。


(『お前……

 それも、シャレにならねえオチでな』)


 龍野の脳裏には、龍範の忠告が、何度も反響している。


(クソッ……クソ、クソ、クソォッ!)


 回避できたかもしれない、この惨劇。

 龍野はどうしようもないほどに、己の未熟さを呪っていた。


「落ち込んでいるところ恐縮だが、まだすべき事は残っているぞ」


 と、ヴァイスハイトの声が響いた。

 龍野を叩き起こすかの如く。


「まだ“失わなくても済むかもしれない”ものを守るという事だ。

 わかるな、須王龍野?」


 その問いかけを聞いた龍野は、答える。


「守る……? どうしろってんだよ!?

 吉岡達を、大切な友人達を亡くした俺に!?」


 当然と言えば当然であるが、動転した精神状態の龍野には、ヴァイスハイトの言葉が響くはずもなかった。


 しかしヴァイスハイトは、その反応すら見越していた様子で、次の言葉を紡ぐ。


「まだ大切な人は生きているだろう。

 お前の両親、弟達に妹、そして……

「!」


 そう。

 ヴァイスハイトの言う通り、まだ生きている大切な人は、いる。


 龍野は、全てを失ったわけではないのだ。


「じゃあ……じゃあ俺は、そいつらを守りたい。

 けど、次にする事もさっぱりわからない」


 相変わらず龍野は目的を失っている。

 しかし、目の輝きは取り戻しつつあった。


「頼む、教えてくれヴァイスハイト。

 俺は、何をすればいいんだ!?」


 意を決して尋ねた龍野を、ヴァイスハイトは満足そうな様子で見る。

 そして、こう答えた。


「ヴァレンティアへ向かえ。

 そうすれば、お前の進むべき道は自ずと見える」


 ヴァイスハイト――“知恵”の意味を冠するもの――は、確かに龍野に、行くべき道を授けたのであった。


     *


 翌日。

 準備の為に一度自宅へ戻った龍野を、龍範が待ち受けていた。


「おかえり」

「……ただいま」


 龍野の顔も、龍範の顔も、笑顔というにはほど遠いものであった。


「何があったかは知ってるぜ。

 敢えて聞かねえ」

「……あいよ」

「ただな。

『魔術師の弟子部隊』を、金沢城に向かわせた。

 これで証拠は保全される」

「……そうか」


 親子だというのに、交わす会話は事務的なものばかりである。

 と、龍範が切り出した。


「ヴァレンティアに行くって話は聞いてるぜ」

「……親父」

「おい。龍野」


 龍野が何やら言いかけたのを、龍範は容赦なく遮った。


「俺は『知ってる』って言ったんだぜ」

「なら……」

「後悔か、謝罪か。

 お前が言いそうな事はだいたい想像が付く」

「!」


 正確に言い当てられ、戸惑う龍野。

 その様子を見て、龍範は更に続けた。


「だから、俺は先に言っておく。

『今は為すべき事を為せ。

 詫びるのはそれからだ』と」


「親父……」

「百合華ちゃんから言われたんだろ?


『私だけの騎士でいて』って」


「なっ……!

 何で親父が、その事を知ってやがる……!?」

「全部、お前の肩に乗ってるヴァイスハイトが教えてくれたよ。

 全部、な」

「……!」


 龍野は恐る恐る、肩に乗っているヴァイスハイトを見る。

 そこには、笑みを隠そうとして――しかし隠しきれていない――ヴァイスハイトがいた。


「ヴァイスハイト!

 お前、何て事まで話してやがる!」

「フフッ、そりゃあ、彼女の部屋にいれば……。

 聞こえて、しまうさ……フフッ……」

「なんて趣味の悪さだ!」

「趣味が悪いも何も……。

 私は彼女の飼い猫だぞ?」

「!

 お前……!」


 ヴァイスハイトの一言で、龍野は思い出す。


「お前、プフィルズィか!」


 プフィルズィ――ヴァイスとシュシュの飼い猫の名前である。


「その通り。

 まぁ、あれはあくまで“世を忍ぶ仮の姿”だがな。フフ」


 ヴァイスハイト――改めプフィルズィ――は、更に笑みを深める。


「それよりも、ヴァイスに連絡を取らなくていいのか?

 ヴァレンティア行きの便を工面してもらうのだろう?」

「あ、ああ……!」

「なら、それは俺に任せろ。

 俺もエーデルヘルトに会うからな、そのついでだ」


 龍範が前に出る。

 と、振り向いて龍野を見た。


「返事と連絡便のアテが付くまで、数日かかる。

 その間に、お前はけじめをつけろ。

 日常へのけじめをな。


 有り体に言えば、自主退学だ」


「……わかった」


 龍野は素直に龍範の言葉を聞き入れ、退学届をこしらえはじめた。


     *


「今まで、お世話になりました」


 龍野はその日のうちに、退学届を学校に提出した。


(もう、未練は無い。

 元々学校への思い入れも、そこまで無かったんだ。


 吉岡と過ごした時間は、別だけどな)


 帰り道を歩く龍野の背中は、堂々としたものであった。


     *


 それから龍野は、ひたすら己を鍛えていた。

 睡眠や食事、入浴を除き、全ての時間を鍛錬に費やしていた。


 そんな生活を続けて三日。

 龍範が、龍野の部屋に入った。


「空いてるぜ。何だ、親父?」

「龍野、聞け。

 エーデルヘルトから連絡が届いた」


 龍野はこれから続く言葉に、意識を集中させる。


「『日本での午後10時、成田空港に連絡機を派遣する。待機せよ』とさ」


「……あいよ!」


 龍野は決意を更に固め、ヴァレンティアへ向かう準備を始めたのであった。

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