第十章八節 憤怒の黒騎士

「……てめえ」


 殺戮を見るや否や、龍野は即座に大剣を召喚した。


「殺す!

 崇城麗華ッ!」


 ヴァイスハイトが龍野の肩から飛び降りるのと、龍野が魔力噴射バーストを発動したのは同時だった。


「おらぁっ!」


 そのまま生き残りの生徒達との間に割って入り、大剣で大鎌を受け止める。


「離れろ! 部屋から出るんだ!」


 麗華と互いに武器を押し込みあいながら、龍野が叫ぶ。


「わ、わかった……!」


 その声に従い、吉岡達はドアへ向かって――


「――逃がさん」


 小声で麗華が呟いたかと思えば、次の瞬間には。


「うぐっ!?」


 体重100kgを誇る龍野を、麗華はあっさりと蹴り飛ばしていた・・・・・・・・・・・・・・・・

 障壁のお陰でダメージこそ無いが、あまりの衝撃に体が揺らぐ。


「に……逃げろ!」


 龍野が叫ぶが――


「あがっ!?」




 時、すでに遅し。

 吉岡達の背中が、切り刻まれたのだ。




「な…………っ」


 あっけなく友人達が傷つけられるのを見て、龍野は愕然とする。

 そんな龍野をよそに、麗華は倒れた吉岡達を見ながら、冷たく言い放った。


「言っただろう。

『更なる火種を生むためだ』と」


 それを見ていた、聞いていた龍野は、腕をわななかせる。


「てめえは……」


 吉岡達に飽きたように、視線を外す麗華。

 その時――


「てめえはぁあああああああああああああッ!」


 魔力を溢れさせ、瞬く間に距離を詰める龍野。

 麗華が防御するが、間に合わない。


 障壁の粉砕音が響き、遅れて麗華が倒れる。

 だが。




「邪魔しないで、おにいちゃん・・・・・・




 ニヤリと笑ったかと思えば、素早く起き上がる。そして勢いのまま、大鎌を振るった。


「あがっ……!?」


 堅牢なはずの龍野の障壁が、一撃で粉砕される。

 柄を用いた打撃であったが、龍野にダメージを与えるには十分すぎる威力を秘めていた。


「クソ……!」


 それでも龍野は立ち上がり、大剣を構える。

 麗華を真正面から見据え、駆けていく。


「へえ……面白いなあ。

 だったらさ、少しだけ遊んであげるよ。おにいちゃん」


 興が乗った麗華は、ゆっくりと大鎌を構える。

 向かってくる龍野を見つめながら、笑みを深め。


「そーれ」


 無造作に、柄を振るう。

 わざわざ刃を龍野に当たらないように、だ。

 しかし。


「あぐっ!?」


 龍野の体に、切り傷が生まれた・・・・・・・・


「ほら、まだまだいくよー」


 続けざまに大鎌を振るう。


「ぐぅ……っ!」


 その度に、龍野の体に刻まれる切り傷の数が増える。

 どれも致命傷には程遠いが、痛覚と失血は否応なしに増していった。


「あれ? もうへたばっちゃったの?

 しょうがないなー」


 麗華は残念な様子で、しかし大鎌の構えは続けながら呟いた。


「じゃあ、これで終わりかなー」


 逃れえない。

 龍野は最後の意地で、防御を固め――




「ん?

 私は何をしていた……!?」




 ガランと大鎌を取り落とす音と共に、麗華が場違いに間の抜けた言葉を話した。


(……!)


 当然、これほどの好機を見逃す龍野ではない。


「オラァッ!」

「ぐっ!?」


 命中寸前で飛び退る麗華だが、肘から中指にかけて直線状に裂傷を刻まれた。


「終わりだ!」


 やがて、龍野は大剣を振り下ろす――




「まだ死なれちゃ困るかなー」




 が、常識外れの反応速度で、麗華が真剣白刃取りを決めた。


「何っ!?」

「まったくもう、おねえちゃんったら。

 一瞬だけ自由にしてあげたけど、まさかここまであっけなく負けるなんて思わなかったよー」


 そのまま刃を持ち上げ、ゆっくりと立ち上がる麗華。

 そして、足をわずかに引くと――


「それじゃ、今度こそおーしまいっ」


 龍野を反対側の壁まで、蹴飛ばしたのであった。


 したたかに全身を叩きつけられ、崩れ落ちる龍野を尻目に、麗華は大鎌を回収する。


「それじゃ、逃げないと……あら。

 ここでもお会いしたわね、お姉様」


 立ち去ろうとする直前、麗華はヴァイスハイトを見た。


「この愚妹ぐまいが……。

 一体何が望みだというのか?」


 敵意をむき出しにしたヴァイスハイトは、麗華に詰め寄る。

 しかし麗華は気にしたそぶりも無く、飄々としていた。


「別に。

 ただ面白いからですわ」

「隠し事が上手だな?」

「さあ。どうでしょうかね」


 大鎌をグルグル回しながら、麗華はとぼけてみせる。

 やがて飽きたようにピタリと回すのをやめ、ヴァイスハイトに告げた。


「では、別の準備がありますので。

 ごきげんよう、お姉様」

「待て!

 ……逃したか」


 ヴァイスハイトは忌々しげに、先程まで麗華が立っていた地点を見つめる。


「意図が微塵も見えんぞ、あの愚妹めは……。

 そうだ」


 何かを思い出したヴァイスハイトは、一目散に龍野の元まで駆ける。


「起きろ、須王龍野! 起きるんだ!」


 そして顔の前に着くや否や、龍野を叩き起こした。


「ッ、クソ……。

 ん、ヴァイスハイトか」

「そうだ。

 今の今まで眠っていたな」

「ああ、チクショウめ……。

 そうだ、麗華は!?」

「逃げた。

 残念ながらな」

「クソッ!」


 壁をしたたかに殴り、ヒビを走らせる龍野。

 その心は、怒りで満ちていた。


「待て、須王龍野」


 その怒りに水を差すかのごとく、ヴァイスハイトが呼びかける。


「友人と別れを済ませろ」

「!」


 そうだ。

 吉岡達は麗華に斬られ、倒れたのだ。


「認めたくはないが……彼らは、もう……」


 ヴァイスハイトがやり切れない思いをこらえながら、それでも龍野に事実を告げる。


 いてもたってもいられなくなった龍野は、吉岡達の元に駆け付けた。


「おい、しっかりしろ! 吉岡!」

「ゲホッ……。須王、か……?」


 倒れている者のうち、吉岡だけが、かろうじて返事をした。


「そうだ、俺だ!

 何とかして、お前たちを――」


 心のどこかで現実を拒絶している龍野は、最後の希望にすがるが如く、吉岡に声をかけ続ける。


「もう、いいよ……。

 俺は、もう、お前の顔も……まともに、見えねえ……」

「諦めるな!

 俺は最高の医者を知ってる、だから……!」


 そう。

 もしかしたら、ヴァイスに頼れば治してもらえるかもしれない。

 ……しかし。


「いいんだ、よ……。

 こうしてもらうだけで、俺は十分、幸せモンさ……」


 そのヴァイスは、近くにいない。

 八方塞がりだった。


「あぁ、けど……。

 一つだけ、残念なもんもあったかな……」


 吉岡の、最後の言葉が紡がれる。


「お前と、食事……。

 いっぺんでいいから、してみたかった……ぜ……」


 そして、吉岡の体が力なく崩れた。


「吉岡?」


 龍野が呼びかけてももう、吉岡は返事をしない。

 いわんや、他の者をや。


「吉岡ぁあああああああああああああッ!」


 龍野の悲痛な叫びが、一室に響き渡った……………………。

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