第十章七節 疾駆する黒騎士

「ぁ…………」


 誰も、声を出せなかった。


 それは携えた大鎌の威圧感によるものか。

 あるいは、麗華自身の気迫によるものか。

 この場の誰も、原因は分からなかった。


「そこの男」


 麗華が大鎌で、吉岡を指しながら呼ばわる。

 吉岡は動揺のあまり、体をビクリと震わせた。


「お、俺か!?」

「そうだ」


 抑揚に乏しい声で、麗華が頷いて肯定する。

 その仕草を見て取った吉岡は、身構えた。


 ……麗華を除いた全員が、異様に長く感じた沈黙の後。

 麗華はゆっくりと口を開き、問いを紡いだ。


「お前は須王龍野と、仲が良いのか?」

「……」


 この場にいる一部の者が、思った。

『その程度の質問か』と。


 実際、麗華としても大した意味を求めてはいなかった。

 この質問では。


 とはいえ、動揺収まらない吉岡は、かなり慎重に言葉を選んでいた。

 無理もない。一言間違えれば、文字通り首が飛ぶ。そう覚悟するほどの恐怖を覚えていたのだ。


 だから彼は、こう答えた。


「……そうだよ。

 あいつとは、それなりに仲良くやってるつもりさ」


 何度目か分からない沈黙が訪れる。

 やがて、麗華が反応を示した。


「そうか。

 羨ましい限りだ・・・・・・・


 妙に穏やかな声で、麗華が首肯する。

 あまりに場に相応しいないその様子に、麗華を除いた全員の恐怖は増していった。


 と、麗華ががくりと肩を落とす。


 わずかな時間ののち、大鎌を杖に立ち上がった。

 そして、ゆらりと吉岡達を見据えた。


「さて、聞くべきことは聞いたわけだ。

 私がお前たちを捕まえた理由を述べるとしよう」


 大鎌を背負いながら、ごく自然体で歩く麗華。


 吉岡達を押しのけ、部屋の中央に立つと、低く告げた。




更なる火種を生むためだ・・・・・・・・・・・




 低い声には、おぞましさも混ざっていた。


     *


 時を同じくして、龍野とヴァイスハイトは襲い来る罠を強引に突破しながら、一目散に疾走していた。

 しかし、現時点で目的地の当ては無い。

 “しらみつぶし”と表現するに相応しい状況だった。


「クソッ、どこだ……!」

「次はどうだろうな?

 おっと、止まれ!」

「うおっ!」


 通路には至る所に罠が仕掛けられている。

 これまでに龍野が探した部屋も同様だ。


 何せ部屋という部屋には指向性地雷クレイモアやワイヤーボム、場所によっては落とし穴まで仕掛けられている。

 廊下も廊下で、振り子の刃ペンデュラムや飛び出し式の槍、そしてやはりこちらにも落とし穴があった。


「どれだけ仕掛けりゃ気が済むんだ……!?」


 龍野は時に反射速度と機動力で罠を避け、あるいは振り切り、時に障壁でもって強引に受け止め、時に魔力噴射バーストで落とし穴から脱出するという、ごり押しじみた方法で奥へ奥へと進んでいた。


 やがて扉の前に立った龍野は、蹴飛ばして開ける。

 最初は手で開けていたが、ノブ自体に罠が仕込まれている場合もあると思い知った龍野は、開け方を変えたのである。


「この部屋は!?

 ……クソッ、ハズレか!」


 扉を開けても、誰もいなかった。

 様々な設備が乱雑に置かれているだけである。


「どこもかしこもハズレかよ!

 チクショウ、一体吉岡達はどこに行ったんだ!?」

「少なくともここにはいるはずだぞ」

「わかってる!(クソ、もしかしたら……。最悪、『ここに囚われている』って情報自体が間違ってるとかじゃねえよな!?)」


 龍野は疑念を抱きつつも、さらに奥へと進む。


(ん?

 この通路だけ妙に広いな……?)


 と。


「おわっ!?」

「飛べ!」


 龍野の足元が崩れ始める。

 ヴァイスハイトの指示により、間一髪で足元の崩落から逃れた龍野であった。


「あ、危ねえ……。ん?

 何だ、この階段?」


 崩落した後には、いつの間にか出現した階段があった。


「おそらく、ここが繋がっている。

 だが罠がある可能性も否定出来んな。ガレキを投げて確かめろ」


 ヴァイスハイトが警告すると、龍野は握りこぶし程度の大きさのガレキを拾い上げる。

 そして階段に向け、放り投げた。


「…………」


 カツッと硬質な何かがぶつかる音が響く。

 階段の角で跳ねたそれは、何度も何度も音を響かせ、やがて静かになった。


 結果は――何も、起こらない。


「なら、行くか!」

「そうだ。

 そのまま、進め」


 龍野とヴァイスハイトは、階段を降り始めた。


     *


 階段を降りた先で、龍野は違和感をひしひしと感じていた。


「さっきまでの階と、違うな……?

 壁が黒い、ぞ……?」


 そう。

 先ほどまでの壁は白かったが、階段より先の壁の色は、になっている。

 明らかに「雰囲気が違う」と言える造りだ。


「だな。

 罠があるかもしれんが、進むだけだ」


 龍野達は罠に注意しつつ、一歩一歩進み始めた。




 それから一分後。

 罠の存在に警戒しつつも、何事も起きずに進んだ龍野達は、一枚の扉の前に立っていた。


「如何にも“行き止まり”といった様子だな」

「だろうな。

 じゃあ、この先に……」


 その時だった。


「いぎゃぁあああああああっ!?」

「ひっ、ひぃっ…………!」

「い、嫌、来ないで…………!」


 部屋からの絶叫が、漏れ聞こえていた。

 確信した龍野は決断する。


「クソ!

 今助けるぞ!」


 最早“監視人”の話は記憶にもなく、鎧兜を纏うと、扉を強引に蹴破る。


「……あ?」


 そこには、大鎌を持った崇城麗華と。




 ……次々と殺されゆく、クラスメート達の姿があった。

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