第十章六節 救出開始

「あんた……は?」


 純白の猫を見た龍野は、思わず疑問が口をつく。


「あんたは、誰、なんだ?」


 まるで、


 だが、猫はやれやれと言わんばかりに首を左右に振ると、ゆっくりと答えた。


「くどいぞ、須王龍野。

 私はヴァイスハイトだと言っただろう」

「いや、でもよ……」

「しつこいぞ」


 ヴァイスハイトの声に、凄みが混ざる。

 たじろいだ龍野は、思わず半歩後ずさった。


「そんな事など、どうでも良いだろう。

 それよりも、今はお前の友人達を助けるべきではないか?」

「ッ……そうだ。

 俺は、吉岡達を!」


 ヴァイスハイトの言葉で、やるべき事を思い出す龍野。


「その意気だ。

 さて、少し肩を借りるぞ……っと!」

「おわっ!」


 と、ヴァイスハイトが龍野の肩に上ってきた。


「良し」

「おい、いきなり何を……」


 疑問を投げかけようとする龍野だが、ヴァイスハイトが先んじた。


「今からお前を、彼らの元へ送る。

 別に肩に乗らなくても良かったが、身体が確実に接触している状態を作り出す必要があってな」

「は? そりゃ、どういう意味……」


 疑問への回答に、納得のいかない龍野。

 と、ヴァイスハイトの首輪に付けられた青い宝石が、光を放ち始めた。


「ちょ、何だ、これ!?」

「騒ぐな、そして動くな。すぐ済む」

「すぐ済むって、おま――」


 龍野が上げた抗議の声は、しかし眩い光の後に消し去られた。


     *


「着いたぞ、須王龍野。

 起きろ」

「ん、ここは……。

 待て。目の前にあるアレは、金沢城なのか……!?」

「だろうな。

 すぐ近くの看板に『金沢城』と書いてある」


 龍野の推測を裏付けるように、ヴァイスハイトが補足する。

 だが、龍野の表情には、疑問符が張り付いたままであった。


「しっかしよ……。

 何だって、ここ、金沢城に……?」

「その理由は決まっているだろう」


 ヴァイスハイトは、「何を今更」と言わんばかりの表情で答えている。




「須王龍野、お前の友人達はここに囚われているからだ。

 無論、お前が口走った吉岡や、あのゴスロリ……いや、崇城麗華とやらも含めてな」




 その一言で、龍野の表情が変わった。


「だったら、助けねえとな……!」

「とはいえ、だ」


 ヴァイスハイトは、厳しい口調で釘を刺す。


「先程はバスの上という状況だからこそ、迂闊に罠を仕掛けられなかった。

 どうやら、人質への殺意も無かったようだからな。しかし」


 一度言葉を区切り、龍野の目を見つめる。

 そうして、次に言葉を告げた。


「次は無数に罠があると思え。

 思い出せよ。『闇』のお家芸を」

「……罠、か」

「正解だ」


 龍野は麗華に学校を襲撃された事を、未だ明瞭に記憶していた。

 トラウマという程の精神的ダメージは受けていないものの、怒りは根強いものだったのである。


「入口はすでに把握している。

 ついてこい」


 ヴァイスハイトは何の迷いも見せず、ある地点へ進んだ。


「ここは?

 ただの芝生みてえだが……」

「当然だ。

 入口はここにあるのだから」

「あん?」

「“隠されている”という意味だ、須王龍野。

 少し待っていろ……」


 そして、芝生の上でピタリと立ち止まる。

 と、芝生が光を放ち始めた。


「ッ!」


 眩しさのあまり、龍野は目を覆い隠す。


「終わったぞ」


 やがて光が収まったかと思えば、そこには。


「ん、何だ…………!?

 こんなところに、入口が!?」

「だから『入口はここにある』と言ったろう。入れ」

「へいへい……」


 言われるがまま、龍野は正方形をした入口に飛び込んだ。




 その瞬間、指輪が輝き出し、漆黒の鎧兜を生み出した。




「おわっ!?」


 一瞬のち、壁に仕掛けられていた無数の刃が飛び起きた。

 龍野を切り刻まんとするが、鎧兜のお陰でダメージはゼロである。


「やはりな」


 ヴァイスハイトは「予想通り」と言った様子で、通り過ぎた刃の後ろを通りながら降りてきた。


「『やはりな』じゃねえよコンチクショウ!

 まったく、俺を実験台にしやがって……」

「こうでもしなければ安心して降りられないだろう」


 悪びれる様子も無く、ピョンと龍野の肩に乗りなおすヴァイスハイト

 軽く龍野の後頭部を押すと、馬に号令を下すように告げた。


「ほら、無事潜入出来た事だ。

 行くが良い」

「言われなくても行くぜ!

 頼むから、無事でいてくれよ、吉岡達……!」


 龍野はわき目も振らず、駆け出し始めた。


     *


「ん……。

 ここは、一体?」


 吉岡はある一室で、ゆっくりと目を覚ました。


「つーか俺達、バスに乗ってたはずじゃ……。

 そうだ、須王や他の奴らは無事か!?」


 慌てた様子で見回すと、バスの運転手を含め、同乗していたクラスメートは全員いた。龍野を除いて。


「須王!」


 取りつかれたように叫ぶも、返事は無い。

 と、吉岡はある事に気づいた。


「どこだ、ここ……?」


 という事に。


 出入口は、一枚のドアだけ。

 部屋には照明こそ付いているし、壁から反対側の壁を見られるくらいには明るいが、それでもぼんやりとした明るさである。

 と、その時。


「ん……」


 他の生徒たちも、ようやく目を覚まし始めた。


「良かった、みんなは無事だ。

 けど、須王は!?」




「まったくだ。どこに行ったのだろうな」




 突如として、声が響いた、

 遅れて、ドアがゆっくりと開く。


 ……大鎌を携えた麗華が、吉岡達のいる部屋に入った。

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