第十章五節 悪夢の鎌倉見学(後編)

「クソッ……!」


 素早く立ち上がる龍野。

 障壁のおかげで体にダメージは負っておらず、すぐに動くことが出来た。


 しかし、麗華が乗り込むと同時にバスが発車した。


「逃がさねえ……!」

 時刻は既に夜。

 そして、龍野の纏う鎧の色は“黒”。


(高度と出力に注意すれば、ほとんど目立たず行けるか……!?)


 龍野は近くの茂みまで駆けてから、漆黒の鎧を纏って魔力噴射バーストを発動する。


「待っててくれ、みんな……!」


 魔力の噴射度合いを調節し、麗華の命の駒ライフ・ピースを頼りにバスの位置を確認しつつ、全速力での追跡を始めた。


     *


 ややあっての事。

 龍野はどうにか、クラスメート達が登場しているバスまで追いつこうとしていた。


「見つけた……!」


 背中から魔法陣を展開しつつ、魔力を全力で噴射しながら空を駆ける龍野。視界にバスを捉え、急降下して飛び乗ろうとする。


「今だ……のわッ!?」


 だが、バスはで、飛び乗りを阻止した。


「チッ、麗華てめぇ……! 逃がすかよ!」


 龍野は爪先をバスに突き立てようと、何度も着地を試みる。

 しかし、バスはのらりくらりと龍野をかわし、龍野を消耗させ続けた。


「クソッ、だったら……!」


 龍野は一度急上昇し、大剣を召喚する。

 そして再度急降下し、バスに突き立てた。


「相変わらず嫌な音だぜ、金属がこすれあう音ってのは……! ぐうッ……!」


 念には念を入れ、つま先もバスへと突き立てる(先端部が尖っている為、魔力を纏わせれば簡単に刺さる)。


「今助けるからな! 待ってろ!」


 そして体をバスに固定した龍野は、手持ちの大剣で天井部分を削ぎ始めた。


     *


「はぁ、はぁ……!」


 やっとの思いで天井に穴を開けた龍野。

 その間にも、バスは走り続けていた。


「今行くぞ……!」


 大剣を開けた穴からバスの内側に引っ掛け、潜入を試みる。


「うわっ!?」


 だが、引っ掛けを強制的に外されてしまった。


「チクショウ、よくもまあ狭いバスの中で……」


 龍野がチラリと見ると、麗華は大鎌を構えていた。


「邪魔しないでもらおう。

 そうだ、どのくらいで着く?」


 龍野に話しかけたかと思った麗華は、しかし突如として運転手へと対象を移した。


「ひっ……!」


 突如として向けられた視線に怯む運転手。

 そんな様子を見た麗華は、淡々と告げる。


「もう一度だけ聞こう。

 後どのくらいで着く?」


 運転手は震える喉から、どうにか声を絞り出した。


「に……。

 二時間、半で……着きます……」

「そうか」


 そんな必死の応答にも、麗華はさらりと返した。

 彼女にとってはそれも大事だったが、それ以上に、龍野との距離を測るのを優先した――正確には“切り替えた”と言うべきが――というものであった。


 その警戒が功を奏し、龍野の接近を感知した。


(なるほど、なかなか……いや、かなりしぶといな。そうまでして、取り戻したいか……。ならば、向き合うとしよう。もはや“正々堂々”とは言えないがな)


 麗華は素早く大鎌を振るい、バスの天井の穴を広げる。

 そして一息に跳躍すると、バスの上へと向かった。


「やはり正面きって戦う他、方法は無いようだな。須王龍野」

「粘ったかいがあるってもんだぜ……。それはさておき、だ。

 クラスメート達を返してもらおうか、崇城麗華」

「『嫌だ』と言ったら?」

「腕ずくで取り返す!」


 龍野は短く告げると、大剣を構えて切りかかった。


「おらぁっ!」

「ふん、相も変わらずか……。

 だが、その鎧兜は今まで見たことが無いな。

 どれほどのものか、試させてもらおう!」

「言ってろ!」


 一瞬で距離を詰め、龍野は大剣を振るう。

 麗華は素早く大鎌を両手で握りしめ、柄で斬撃を防いだ。耳障りな金属音が辺りに響く。


「ッ……!(相変わらず、なんつー硬さだよ!)」

「ぐっ……!

 やはり、以前よりも格段に重い……!」


 攻撃が通じないと判断するや否や、龍野は素早く飛び退る。

 麗華もまた、防御態勢を整えた。


「おらっ!」


 再び距離を詰めると、龍野は態勢を変えて斬りかかる。

 下から大剣を振るい、大鎌の刃を狙った。


「ぐっ、小癪な……!

 須王、龍野ぁ!」


 龍野の意図を察した麗華は、素早く大鎌を体に引き寄せる。


 そう。

 龍野が狙っていたのは、大鎌を弾き飛ばす事による武装解除ディサームである。

 それによる短期決着は、しかし、麗華の即断即決によって挫かれた。


「まだまだぁッ!」


 だが、その程度で終わる相手でないという点は、龍野も想定済みであった。

 距離は十分に近く、もう一撃で命中する。


「くっ……!」


 この至近距離では、魔術も意味を為さない。

 ましてや、障害物も無いバスの上。


「もらった……!」


 龍野の刃が、麗華を切り裂く――




「あらあら。

 みっともないわね、おねえちゃん」




 龍野も麗華も、決着を確信した直後。

 謎の少女が現れ、龍野の大剣を止めた。


「……なっ!?」


 いや、止めたと言うには少し違う。

 少女はただ、右手を大剣の前にかざしているだけだ。


なんっ、なんだよ、これはッ……!」


 だというのに。

 たったそれだけの動作であるのに、龍野の振るう大剣は、そこから1ミリたりとも、前へ進む事は無かったのである。


「しょうがないおねえちゃん。

 だから、手助けしてあげなくちゃね」

「何だよ、お前は!?」

「ねえ、おにいちゃん。

 私の事、覚えてる?」


 龍野の詰問も意に介さず、少女はあどけない様子で、疑問を投げかける。

 その問いに、龍野は僅かに記憶を探り――


「ッ!

 まさか、君は……俺の学校にいた!?」

「せいかいっ♪

 そうだよ、私はおにいちゃんの学校に行ったの。




 




「……なっ!?」


 龍野が動揺した隙を突き、少女が軽く、手を前に出す。


「それぇー!」

「うわっ……!」


 たったそれだけの動作で、龍野はあっさりと、バスの上から転落した。


     *


「ぐっ……!」


 それから二時間ほどが経過した。

 鎧と障壁のお陰で体は無事だが、突然の出来事による精神性のショックにより、龍野は道端で気絶していたのだ。


「どう、なってたんだ……?」


 自らの体の無事を確かめる。

 と、すべき事を思い出した。


「そうだ、バスを……!」


 龍野は両方の踵を浮かせ、魔力噴射バースト を発動しようとする。


「待て」


 と、そこに声が響いた。


「その声は……!

 ヴァイス、ハイト……!?」

「そうだ」


 声に続いて、何かが茂みから姿を現した。


「やれやれ、この体は便利なのか不便なのか、釈然としないな」


 それは、純白の猫であった。

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