第十章四節 悪夢の鎌倉見学(前編)

「なっ、行くのはやめとけって……どういう意味だよ!?」


 龍範の忠告は、龍野には聞き入れられるものではなかった。

 しかし龍範は龍野の態度を意に介さず、言葉を続けた。


「お前……

 それも、シャレにならねえオチでな」

「どういう意味だよ!?」


 なおも食って掛かる龍野だが、龍範は軽くあしらう。


「言葉通りだ。いいな、龍野? 俺は言うべきことは言ったぞ」


 その言葉を残し、龍範は自室へと去っていった。


(クソッ……「友達をなくす」、だと? 親父……ホントに、どういう意味なんだよ……)


 龍野は龍範の言葉の真意を掴めないまま、リビングに立ち尽くしていた。


     *


 その後一ヶ月は、定期考査テストを除けば、龍野の学校生活には特に何事もなかった。


 そして、鎌倉見学の日がやって来た。

 龍野達は学校正門の大型貸切バスの前に集まり、あらかじめ決めた座席に乗り始めた。

 龍野は前から十三番目|(ちなみに、後ろからは四番目)の窓際の座席に座り、その隣に吉岡が座った。


「楽しみじゃねえか、須王?」

「ああ」

「そうだ、今日の昼に、かねてから行こうと思ってた店に案内するぜ! いいよな?」

「ああ。どのみちお前とは同じ班だしな、頼むぜ。副班長さん」

「仰せのままに。班長さん」


 そしてバスは出発し、鎌倉までの数時間、龍野達を運んだ。


     *


「着いたな」


 鎌倉駅前で一斉にバスを降り、班ごとに点呼を取る。


「よし、全員いるな」


 確認した龍野は、その旨を担任へ告げる。

 龍野以外の班長も続々と、点呼の結果を報告し終えた。


「全員いるようですね。では、鎌倉大仏まで参りましょう」


 担任の号令で、龍野達は大仏まで歩くこととなった。とは言え、少しでも負担を減らすために、「長谷」駅までは江ノ島電鉄に乗ることとなったが。


     *


 長谷駅から直線距離でおよそ600メートル。

 一同は鎌倉大仏前に到着した。


「それではここを拠点として、班別自由行動を認めます。こちらへの集合時刻は16:00です。忘れないように。いいですか、須王君?」

「はい(やれやれ、あてこすりとはな。いくらを取ったからって、あんまりな扱いだぜ)」


 龍野は表面上平静を装ったが、内心でげんなりした。


「では、各班解散!」


 担任の合図で、各班は思い思いに動き始めた。


「さて、それじゃ行くか、吉岡」

「ああ、頼むぜ須王!」

「よし、それじゃあ皆、江ノ島行くぞー」

「おおー!」


 龍野の合図で、一斉に班のメンバーが動く。


(まったく、どうしてこうも楽しいのか……けどよ、お前らがはしゃぐ気持ち、少しはわかるぜ。俺だって、こうした“日常”って呼べる日を心待ちにしていたからな)


 龍野は穏やかな時間を噛みしめられている事実に、喜んでいた。


(……)


 そんな龍野を見つめる影が、一つあった。


     *


「よし、着いたな!」


 龍野の班は、初っ端から江の島展望灯台に訪れていた。


「須王」


 龍野が風景を楽しもうとすると、吉岡に遮られた。


「何だ?」

「今更だけど、どうして最初に展望灯台にしたんだ?」

「ああ、それか。単純に『夜遅くまでいられないから』だな」

「って言うと?」

「せっかく鎌倉に来たのに、訪れられねえってのはもったいねえだろ?」

「ああ、そうだな」

「だから行くことに決めたんだ。もっとも、俺が個人的に行きたかったってのもあるけどな」

「ハハハ」


 龍野と吉岡は、眼下の風景を眺めながら談笑した。


     *


「さーて、昼寝するか……」


 龍野達が乗っていたバスの運転手は、近場の食堂からバスに戻って来たところだった。


「動くな。話がある」


 影が運転手の喉元に、ナイフを添えた。


「ひっ……!」

「叫ぶな」


 影はナイフを押し当てる。運転手は必死に、悲鳴を噛み殺した。


「そうだ、それでいい。そのまま黙って私の要望を聞け」


 抑揚の乏しい声で伝える影。


「貴様には、次の場所に行ってもらう。それは……」


 突如として、強風が鎌倉を通り抜けた。


     *


 時刻は15:55を迎えた。


「よし、これで文句は言わせねえ!」


 龍野の班は全員が、鎌倉大仏の前に到着していた。


(けど、やけに集まりが悪いな……? “五分前”ってのが特別早い訳じゃねえだろうし……どうしたんだ、みんな? まあ、今は待つか……)


 待つこと五分、何故かバスが龍野達の前にやって来た。


「乗ってくれ!」


 運転手が叫ぶ。


「わかりました、お願いします! おう、お前ら乗るぞ!」


 班員を促し、全員乗ったのを確認してから乗車する龍野。行きと同じ席に座り、背中を背もたれに預ける。

 だが、そのまま眠る事はなかった。


(どうにも、嫌な予感がする……。いや、むしろ確信だ、これ。しばらくは様子見だな……)


     *


 一時間後。

 バスは東京のとあるサービスエリアに到着した。


(ん、手洗いか?)


 だが、到着後五分経っても誰一人降りようとはしない様子に、疑念を抱く龍野。


(おい……どうなってやがる!?)


 更に三時間が経過し、空はすっかり黒くなった。




 すると、突如龍野のすぐ脇の窓ガラスが割れた。




「なっ!?」


 障壁のおかげで龍野にダメージは一切無いが、そこから突如として伸びた腕に体を持っていかれる。


「やめろおおおおおおっ! ッ……クソがっ!」


 叫びながら腕を振りほどこうともがくが、龍野の筋力をもってしても腕はびくともしない。


「ぐッ……!」


 やがて引き込む力に負け、車外に文字通り投げ出される龍野。

 地面に叩きつけられる直前に見たのは、大鎌と、そして――




(崇城……麗華!?)




 信じられないといった表情を浮かべながら、龍野は地面に叩きつけられた。

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