第十章三節 再び、学校へ

 龍野の乗る便びんが、成田空港に到着した。


「ふう、再び日本に来るとはな。まったくもう、慌ただしいぜ……」


 そう。

 実際、ここ一か月の龍野は、日本とヴァレンティアを往復していた。


「しばらく日本で過ごせるが、まず時差ボケを直さねえとな……三日間、学校に行かないでおくか」


 龍野は荷物をまとめたスーツケースを転がしながら、駅へと足を運んだ。


     *


 電車とバスを経由し、自宅前に着いた龍野。


「帰ってくるのも久々だな……」


 感慨深げに呟きながら、家の門を開ける。

 そして玄関のドアに手をかけ、こう言った。


「ただいまー」




「「お帰り(お帰りなさい)、龍野|(龍野お兄ちゃん)!」」




「うおっ!?」


 帰宅早々、歓迎の大音声だいおんじょうに身構えた龍野。


「びびらせんなよ……」


 それとは対照的に、げんなりとした様子で家に上がる龍野。


「けど確かに、待たせちまったな。帰ってきたぜ。ただいま」


 それでもきっちり返事をし、靴を脱いでうがい手洗いを済ませ、自室に向かう。


「さて、まずは荷解きからだな……」


 スーツケースを床に寝かせ、ジッパーを開ける龍野。


「おう、邪魔するぜ」


 すると、部屋に龍範が入ってきた。


「親父……!」

「ああ、続けててくれ。止めるつもりは無かったんだ」

「そうかよ」


 だが、龍範には何やら用事があるようだった。


「龍野。百合華ちゃんは、無事だったか?」

「ああ。どうにかな」


 ヴァイスは無事だ。

 紆余曲折あれど回復し、現在はヴァレンティアにいる。


「わかった。次だ」


 必要な情報を集めんとばかりに、龍範が問いただす。


「一時停戦の話は聞いたか?」

「ああ、聞いたぜ」

「それじゃあ、踏まえた上で聞くぜ。学校に戻るか?」

「ああ、戻るさ。と言っても、時差ボケを直すのに三日欲しいけどな」

「わかった。学校への復学手続きは済ませとくぜ」

「他には無いのか?」

「無いぜ。じゃあな」


 龍範は必要な情報だけを聞き終え、くるりと背を向けて部屋を去った。


「それじゃ、必要なだけのトレーニングはして、後はゴロゴロしとくか……」


 龍野から高揚する戦意は、今はなりを潜めていた。


     *


 場所は東京都の、とある安ホテルに移る。

 豪と弓弦が拠点としていたホテルだ。

 その一室には、豪、弓弦、それに謎の少女がいた。


「ひとまずは、これでいいかしらね」


 少女は二人を担いだ状態からベッドに乗せ、部屋を去る。


「まあ、あの二人がどうなってもいいのだけれどね。使、ふふふ……。さて、次はあのおねえちゃんね。忙しいわぁ」


 そして、どこへともなく去っていった。

 不敵な笑みを、浮かべながら。


     *


「さて、今日から久々の学校か……」


 龍野は制服への着替えを済ませ、カバンを持って外に出る。


「そんじゃ、ちょっくら行ってくるぜ」

「行ってらっしゃい、龍野」


 紗耶香に見送られ、龍野は家を出た。


「これからホームルームを始めます……あら、須王君。後でいらしてくれるかしら?」


 ホームルームの時刻を迎えた龍野は、教室に入ってきた女性担任に名指しで呼ばれた。


(まあこの担任なら、そうするだろうな。間違いなくお説教タイムになるだろうけど)


 皮肉たっぷりの思考をしつつも、龍野は「はい」と答えた。


 五分後。

 げんなりした表情で、龍野は自分の机に向かった。


「案の定だぜ……。いくら俺が学校をしばらくほったらかしてたって、くどいんだよ……」


 朝っぱらからの説教は、誰にでもこたえるものだ。それは精神的にタフな龍野であっても、例外ではなかった。


「皆さんすみません、一つだけ業務連絡を思い出しました!」

(あん? 業務連絡だぁ?)


 龍野が席に座ると同時に、担任が教室に駆け足で戻ってきた。


「かねてから申請していた鎌倉見学ですが、つい昨日、承諾されました。つきましては、概要を記したレジュメを配布します。配布係の方!」


 配布係の二人を呼び出し、レジュメを渡す担任。

 前の座席から順繰りに渡され、最後列の席にいた龍野にも渡ってきた。


(これか……。まあ今は休戦中だし、行くには問題無いだろうな。費用とかもあるから、親父には一度見せるけど)

「よっ、須王!」

「おう、吉岡か」


 久しぶりに見る、級友の顔。

 龍野は懐かしさを覚えつつ、レジュメをカバンにしまった。


「須王、大変だったな」

「ああ。あの担任の説教は、誰でもうんざりすらぁ」

「ところで須王、しばらく何してたんだ?」

「あー……(さて、どう答えたものか。うっかり変なこと話すと殺されちまうらしいし、かといって『何もねえよ』ってのも、ちょっとな……お、そうだ!)」


 龍野は頭を掻いてから、慎重に答えた。


「しばらく旅行に付き合わされてたんだよ、親父に。正確には修行と言うべきもんだけどな」


 嘘だが、真実も混ざっている。

 龍野はその事実を内心で何度も確認しつつ、吉岡に伝えた。


「へえ……大変だな」

「ああ、大変だぜ。結構鍛えるのには厳しいんだ、俺の親父は」


 龍野はやり過ごした手応えを感じつつ、腕を限界まで伸ばした。


     *


「ふああ……ただいまー」


 放課後、龍野はすぐさま学校を出て帰宅した。


「おう、お帰りー」


 挨拶は龍範からだ。リビングから響いた。


「親父、ちょっとこれ見てくれ」


 レジュメを手渡し、自室に向かう龍野。


「わかった」


 龍範は承諾の一言のみを龍野に告げると、素早くレジュメへと目を通した。


「ふんふん……なっ!? 鎌倉、だと……!?」


 レジュメの「鎌倉」という文字を見て、龍範は戦慄した。


「戻ったぜ」


 龍野がリビングに戻ったのを確認すると、龍範は厳しい面持ちで龍野に告げた。




「一つだけ忠告させろ、龍野。行くのはやめておけ」

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