第十章 再び訪れた日常
第十章一節 一時停戦
「よし、終わった! 明日にでも帰るか」
事態がひと段落した頃、龍野は日本への帰り支度を終えていた。
「それじゃ、ヴァイスに挨拶しねえとな」
部屋を出て、ヴァイスのいる部屋に向かう。
騎士服のポケットからカードキーを取り出し、リーダーに通した。
「邪魔するぜ、ヴァイス――」
入室しようとする龍野の視界には、意外な人物が映っていた。
「エ、エーデルヘルト陛下!?」
「おや、丁度いい所に来たな。今回の戦争における当事者として、私の話を聞いてもらいたかったところだったのだ」
そう言いながら、手元にある二枚の封筒をさり気なく見せたエーデルヘルト。
「さて、そういう訳だ須王龍野。貴様にも付き合ってもらうぞ」
いつもの落ち着いた口調ながら、しかしはっきりと命令を下すエーデルヘルト。
当然龍野に逆らえるはずもなく(立場はもとより、責任がある為)、直立不動の姿勢で話を聞くこととなった。
「では本題に入ろう。この二枚の封筒だが、送り主は『闇』と中央本部だ」
「『闇』、ですか……? お父様」
「ああ。そしてこの二枚だが、どちらも魔術印が押されている。『一切の虚偽無し』だな」
エーデルヘルトは、机上にあるヴァイスのペーパーナイフを借りて封を解いた。滑らかな手つきで、確実に切るべき箇所を切り取る。
「では、どちらから読む?」
「『闇』の手紙からお願い致します、お父様」
ヴァイスは
「いくらお前といえど、疑念を浮かべるのは当然か。では、読んだ
エーデルヘルトは二人に説明しながら、文面にさっと目を通す。
「うむ。では行くぞ」
十秒に満たぬ速度で、概略を把握したエーデルヘルト。
龍野は、そしてヴァイスは、固唾を飲んで次の言葉を待っていた。
「では告げよう。『我ら「闇」は「水」及び「土」に対し、一時停戦を要求する』
「何の冗談でしょうか、陛下?」
「はやるな、須王龍野。確かに貴様の疑問はもっともだが、中央本部からの手紙がそれを晴らすやもわからぬのだぞ」
「はっ、失礼いたしました!」
慌てて姿勢を正す龍野。
そこに、ヴァイスから念話が飛んできた。
『けれど、疑念を抱くのは私も同じよ、龍野君。どうしてこのタイミングで、「一時停戦」などといった、ある意味では翻意と呼べる行動を起こしたのか……』
『ああ。まあ、次を待てとのお達しだ。黙って待ってようぜ』
『ええ、そうね』
「さて、こちらも読み終えた。では告げよう」
エーデルヘルトは二人に向け、威厳を伴って告げた。
「『我々中央本部は、「闇」の一時停戦の要求を承認するものとする。なお期限は定めない』とのことだ」
「………………」
二人は一足飛びの話に、理解までの時間を要した。
エーデルヘルトもその様子を察したようで、不用意な発言を投げかけてこなかった。
「……よろしいでしょうか、お父様」
ヴァイスがおずおずと、質問を投げかける。
「構わぬ」
エーデルヘルトは、ヴァイスの質問を認めた。
それを受けて、ヴァイスがゆっくりと問う。
「これはまさか、『闇』の罠ではございません……か?」
「ヴァイスよ。そう思う気持ちは理解できないでもないが、不用意な発言は控えるが良い」
ヴァイスの質問は、かなり危ういものであったらしい。
エーデルヘルトは、聞き終えた瞬間にヴァイスをたしなめた。
「だが、解せぬな。少し待っていろ。
「陛下、その者は――」
龍野が、聞き覚えのある名前を耳にしたが為に、エーデルヘルトに問いを投げた。
「ああ。貴様の父親だ、須王龍野」
エーデルヘルトは事もなげに答えた。
「やはり……私の父とお知り合いでしたか」
「その通りだ。だが細かい話は後だ。それこそ、貴様の父親に尋ねるがよい」
エーデルヘルトは机に置いてある電話を取ると、すぐにダイヤルして応答を待った。
「はい、どなたでしょうか?」
(親父だ……)
龍野は確信した。
電話の相手は、父親だと。
「私だ、須王。今回も世話になるぞ」
「はいよ、陛下!」
(あっ!? おい親父、いくら何でも馴れ馴れしすぎないか!? というか陛下、どうしてスピーカーモードに?)
龍範の態度を心配する龍野。
「では手短に用件を告げよう。『そちらに封筒は来たか?』」
「ああ? ああ、そういえば来たぜ。二通な。今朝突然だったから、驚いたぜ……」
「魔術印は打刻|(印鑑を押すこと)されていたか?」
「ああ。俺の知る限り、本物だぜ」
「わかった、それだけ聞ければそれでよい」
「終わりかよ?」
「いや、待っていてくれ。少々の用事がある」
本体の保留ボタンを押し、電話機を置くエーデルヘルト。
「聞いた通りだ。次確認する方法は、中央本部に問うのみ、だな」
「それでは……要望を受け入れるのみ、でございますわね。お父様……」
ヴァイスが、他に仕方無しといった様子で提案する。
そう。中央本部を疑えば、戦争参加者といえどもただでは済まない。疑念を示すには、命を一つ、いやいくつかを差し出す覚悟でなければならない。
だからこそ、方法は一つしか無いのだ。
覚悟を決めたエーデルヘルトは、保留ボタンをもう一度押し、龍範に確認を取った。
「もしもし。聞こえているか?」
「ああ。聞こえてるぜ」
「ならば良かった」
エーデルヘルトは一度通話を止め、ヴァイス、龍範、龍野に聞こえるように告げた。
「意思決定だ。我々『水』は、同盟の『土』と共に停戦の要求を受け入れるものとする!」
居合わせた全員が、全てを受け入れた様子だった。
受話器越しの龍範もまた、エーデルヘルトから告げられた事実を、何も尋ねない様子から伺えた。
『龍野君……日本でのひとときを楽しんでもいいわ。けれど、用心だけはくれぐれも頼むわね』
ヴァイスは念話で、龍野に指示と心配を告げた。
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