第九章二節 騎士、忠道、そしてブローチ
「行くわ。『戦争の勝利と大切な人と、どちらか選べと言われたら?』」
「選べと言われたら? そんなの、決まってっだろ」
龍野は意識を集中させ、質問に答えた。
「『俺は両方を取るぜ』。選べと言われて、選べるもんかよ!」
龍野にとっては、当然の結論だった。
どちらも得たい、真摯な願い。
龍野には選ぶ事など出来なかった。
「そう。なら、話は決まりね」
龍野の回答を引き出し終えたヴァイスは、真剣な表情のまま、龍野に向き直った。
「龍野君。これからも、私の騎士……」
唐突に何かを思ったヴァイス。
そして、まっすぐな声でこう告げた。
「いえ、私だけの騎士でいて頂戴」
龍野は数秒ほど呆気に取られていたが、すぐに落ち着きを取り戻し、ヴァイスに面と向かって言った。
「ああ。当たり前だろ」
「ふふ、よかったわ。承諾してくれて」
ヴァイスは柔らかな笑顔を龍野に見せた。
「それよりも。寝なくていいの?」
「ああ、そろそろ眠いぜ」
「ふふ。やっぱり、飛行機に乗ると寝ちゃうのね」
「そうなんだよな……。なんか、眠くなっちまう」
「まだ着かないみたいだから……それじゃ、たっぷりお休みなさい」
「その言葉に甘えさせてもらうぜ」
龍野は靴を脱いで、ベッドの上で横になる。
それを確認したヴァイスは、静かに部屋を後にした。
「『私だけの騎士でいて』、か……。そんなに俺が好きなんだな。って、あれ? 俺、ヴァイスのこと……」
龍野は思索を深めようとしたが、睡魔に勝てずに眠り始めた。
*
「――うや君。龍野君」
龍野を優しく揺り起こすヴァイス。
「うん? あぁ、ヴァイスか……。もう、着いたのか?」
「ええ。ヴァレンティアに着いたわよ。車に乗るのだから、起きて?」
「ああ。やっぱ寝ちまったな……」
このやり取りも、既に二人にとっては定番だ。
だが龍野は、ヴァイスの体温を、匂いを、いつもより強く意識していた。
龍野はベッドから起き上がるとき、ヴァイスのドレスの裾を掴んでいた。
「あん、龍野君。あまり引っ張らないでちょうだい」
「ッ……すまん、ヴァイス」
この時の龍野には、どうして裾を掴んだのかがわからなかった。
「城に着いたら、真っ先にしてもらう事があるからね。龍野君」
ヴァイスはそれだけ言うと、何事も無かったかのように去っていった。
*
「さて、龍野君」
部屋に案内された龍野。
(これ、どっかで見た気がするな……)
それもそうだ。
何せ、今龍野達が入った部屋は、地下広場なのだから。
そして広場には、全身用の鏡がぽつんと立てられていた。
「はっきり言うわ。貴方の
ヴァイスが龍野に見せたA4の紙一枚には、箇条書きで項目が書かれていた。
「えーと……
・近距離、特に徒手格闘への防御性が薄い。なので刃を生成しなさい
・外見上、視界が劣悪に見える。心当たりがあるなら、魔力で視界を補助させなさい
・視界のバイザーは攻撃が通りやすい可能性がある。透明性のある物質で装甲しなさい
・関節部分も装甲しなさい。装甲材質や内部の熱などは、私が何とかします
などなど……って、多すぎだろっ!」
龍野が項目の多さに耐えきれず、怒鳴り声を上げた。
「ふふ、龍野君。今読んでくれた冒頭の四項目が、修正の最低ラインよ」
「ああん? 修正つったってよぉ……具体的に、どうすんだよ?」
「そうね……まずは、鎧兜を纏って頂戴な」
ヴァイスの指示が終わると同時に、龍野は鎧と兜を装甲した。
「うふふ。まずは、両腕のこの部分に、刃を追加して頂戴」
*
「ふぅ……終わったぁ!」
修正を始めてから、五時間後。
安堵の声を上げたのは、龍野だ。
「それにしてもよ、ヴァイス」
「何かしら?」
「お前……ロボットが好きだって趣味、あったか?」
「あったというより、出来たわね。ほら、お台場のあのロボット。あのロボットのお陰ね」
「ああ……それで、俺の鎧がこんなロボットみてえな外観になっちまったのかよ……」
龍野は、自身の纏う鎧がロボットに類似した事実に嘆息した。
「さて、ボンヤリしている暇は無いわよ」
ヴァイスはスカートのポケットから、一つのブローチを取り出した。
「何だよ、そりゃ?」
「『物質を記憶する魔術』を施した石よ。まあ、フラッシュメモリみたいなものね」
ヴァイスはブローチに嵌め込まれた、透明な石を龍野の鎧に触れさせた。
石が一瞬だけ、光を放った。
「よし、これで鎧は覚えたわね。それじゃ、兜も」
同様に、兜にもブローチの透明な石を触れさせた。
再び石が、一瞬の光を放つ。
「うふふ。それじゃあ龍野君、これを貴方にあげる。肌身離さず持ってなさい」
「わかった」
龍野が石を預かる。
「それじゃあ龍野君、そのブローチに『我が武具を』と念じなさい!」
ヴァイスが唐突に声を張り上げ、龍野に命令した。
「お……おう!」
龍野は即座に『我が武具を』と念じた。次の瞬間。
一瞬にして、記憶させた鎧兜と全く同じものを身に纏った。
「なっ!?」
「はい、鏡」
ヴァイスが鏡を持ち、龍野の眼前に立てかけた。
「すげえ……。さっき修正した通り、だ。ロボットになってやがる」
「ロボットとは違うのだけれどね」
ヴァイスがツッコむ。
「それよりも、確認が終わったら『元に戻れ』と念じて」
「ああ……」
龍野は『元に戻れ』と念じると、鎧兜は一瞬にして消え去った。
「ふふ。これで貴方が騎士としての役割を果たす準備は終えたわ。それじゃあ、今日はもうお休みなさいな」
「ああ。眠いぜ、まったくよ……」
龍野は一足先に、自室へと戻った。
「うふふ。これで、今までの借りの一部は返したわよ、龍野君」
広場に残ったヴァイスは、優しく微笑んでいた。
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