第九章 錬成の時
第九章一節 十一の質問
ヴァレンティアへの飛行機の中にて。
「取れました、姫殿下」
「ありがとうございます、
専属の医師に矢を取り除いてもらったヴァイスは、傷の手当を終えて自室|(専用機内はいくつかのスペースに分かれているが、“部屋”と呼べる場所もある)に向かった。
「いるわね、龍野君?」
部屋には、簡素な椅子に座っていた龍野がいた。
「いるよ。つーかどうやって消えんだよ、
呆れる龍野。
だが言葉とは裏腹に、その表情は歓喜に満ちていた。
当然だ。
「それもそうね、うふふ」
龍野がいつもの調子である――実際にはいつもの調子を取り戻したのだが、ヴァイスには知る
「ねえ、龍野君。抱きしめてほしいのだけれど……」
龍野はその言葉を聞いた途端、椅子から立ち上がった。
そして一歩、二歩とヴァイスに歩み寄ると、そっとヴァイスを抱きしめた。
「……辛かったな」
ぽつりと漏らした言葉。それは龍野のものであった。
「ええ」
ヴァイスは一切の私情を交えず、ただ率直な返答を返した。
「要るか?」
「下さいな」
唐突な龍野の質問。
これにもヴァイスは、率直な答えを返した。
「一旦
龍野は簡潔な指示を出す。
一瞬遅れて、ヴァイスが腕を緩めた。
龍野は緩めたヴァイスの腕の下に自身の腕を通し、後頭部を押さえて自身の顔へと引き寄せる。
そして唇を重ねた。
「んん……っ」
口を封じられたことで、喘ぐヴァイス。けれど彼女の心に、抵抗感は一切無かった。
当然だ。大好きな人の唇なのだ。むしろ自分から奪いたいくらい、そう思っている。
けれど今回は、魔力の為ではない。
そう。互いの存在を確認する為だ。
龍野が「要るか?」と切り出したのは、ヴァイスの願う事を汲み取ったからだ。そして龍野自身も、ヴァイスの唇の感触を味わい、ヴァイスと時間を共有する事を願っていた。
しばらくは、僅かに呼吸音と水音が聞こえるだけの時間だけが過ぎた。
*
「ぷはっ」
互いが酸素を求める合図が、部屋に響き渡った。
「ごちそうさま」
「ええ。こちらこそ」
感謝の意を簡潔に述べてから、手近な椅子に座る二人。
数秒の沈黙の後、ヴァイスが切り出した。
「龍野君」
「何だ」
先ほどまでの甘い雰囲気から一転、ヴァイスは真剣な表情で切り出した。
「これから貴方に、十一の質問をしようと思うのだけれど」
「ああ。何でもいいぜ、やってくれ」
龍野はヴァイスの真剣さに呑まれつつも、「質問自体は構わねえ」といった雰囲気でヴァイスに返答した。
ヴァイスは龍野の了承を得ると、質問の意味について補足する説明を始めた。
「これから、貴方の覚悟を問わせてもらうわ。率直な返答をお願い」
龍野は何も答えない。ただ、意思を示す為に首肯した。
「それでは始めるわ」
龍野が「覚悟を率直に話す」という心構えを確認したヴァイスは、「もう引き返せない」という警告をしてから、呼吸を整えて質問を始めた。
「一つ目。『貴方はこの戦争に、どういう意思を持って臨むの?』」
「『生き残る為』だ」
ヴァイスは目を閉じ、首を縦に何度か振る。龍野の答えを何度も味わうように。
「では二つ目。『貴方は力を何の為に使うの?』」
「『自分が生き残る為に、正当防衛する為』だ」
再びの首肯を、ヴァイスは行う。
「わかったわ。三つ目。『貴方に許せない人はいるかしら?』」
「フーッ。ああ、『いるぜ』」
この質問で、龍野の感情は一気に熱を帯びた。
ともすれば爆発しかねないレベルの熱を。
「三つ目から引き続いて、四つ目。『許せない人は誰かしら?』」
「『崇城麗華』だ……クソ!」
既に我慢を抑えられない。
だが龍野の心では、「許せない」という感情と、「何故俺達を助けたんだ?」という疑念とが
矛盾を解決する方法が見つからないからこそ、龍野の感情は大きく揺らいでいた。
「引き続いて五つ目。『その人を、崇城麗華を許せない理由は何かしら?』」
「『あいつは無関係な人間を殺した』。それで十分だ!」
そう。龍野にはその原因だけで十分過ぎた。
こればかりは何か月どころか、何年経とうが、龍野には許せない。
「六つ目。趣旨を変えるわ。『あらゆる理由を無視した上で、戦争を終わらせたいか否か、教えて』」
「『終わらせたい』に決まってるだろ……!」
当然の答えだ。
これまでの答えを踏まえれば、自然とそうなる。
「では七つ目。『貴方は争いを好むかしら?』」
「『好まないね』。正当防衛以上は望まねえよ。ただ……」
「ただ?」
「『ただ、何かを成す上で避けられないのなら、立ち向かうしかねえ』とも思うぜ」
そう。龍野の価値観は、「好戦的」とまではいかなくとも、先ほどの戦いで変わった。
それは「受け身の心構え」の戦いから、「積極的な心構え」の戦いに変わったからだ。
「わかったわ。八つ目、『戦争で失いたくないものはあるかしら?』」
「ああ、『ある』ぜ」
ヴァイスは龍野の回答を聞くと、すぐさま続けて質問する。
「続けて
「ふうっ……。『ヴァイス、お前だ』」
ここでもヴァイスは、すぐに次の質問に移った。
「更に続けて十つ目。『なぜそれを選んだのかしら?』」
「そりゃ決まってっだろ……。『大切な、人だからだ』」
「わかったわ。次で最後ね」
ヴァイスは龍野の十つ目の返事を聞くと、目を閉じた。
龍野の答えを反芻するように、首を縦に振っている。
「……では、最後の質問よ、龍野君」
「ああ」
これから出される質問に、意識を集中させる龍野。
その様子を見て取ってから、ヴァイスは最後の質問を投げかけた。
「行くわ。『戦争の勝利と大切な人と、どちらか選べと言われたら?』」
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