第九章 錬成の時

第九章一節 十一の質問

 ヴァレンティアへの飛行機の中にて。


「取れました、姫殿下」

「ありがとうございます、お医者様ドクトル


 専属の医師に矢を取り除いてもらったヴァイスは、傷の手当を終えて自室|(専用機内はいくつかのスペースに分かれているが、“部屋”と呼べる場所もある)に向かった。


「いるわね、龍野君?」


 部屋には、簡素な椅子に座っていた龍野がいた。


「いるよ。つーかどうやって消えんだよ、部屋ここには隠れるスペースもねえのに」


 呆れる龍野。

 だが言葉とは裏腹に、その表情は歓喜に満ちていた。




 当然だ。幼馴染ヴァイスとは一週間――のはずであったが、闖入者ちんにゅうしゃによって強引に引き延ばされた――別れの期間を終えて、ようやくの再会を果たしたのだから。




「それもそうね、うふふ」


 龍野がいつもの調子である――実際にはいつもの調子をのだが、ヴァイスには知るよしも無いが――のを確かめると、ヴァイスは穏やかな調子で、龍野に依頼した。


「ねえ、龍野君。抱きしめてほしいのだけれど……」

 龍野はその言葉を聞いた途端、椅子から立ち上がった。




 そして一歩、二歩とヴァイスに歩み寄ると、そっとヴァイスを抱きしめた。




「……辛かったな」


 ぽつりと漏らした言葉。それは龍野のものであった。


「ええ」


 ヴァイスは一切の私情を交えず、ただ率直な返答を返した。


「要るか?」

「下さいな」


 唐突な龍野の質問。

 これにもヴァイスは、率直な答えを返した。


「一旦ほどけ」


 龍野は簡潔な指示を出す。

 一瞬遅れて、ヴァイスが腕を緩めた。

 龍野は緩めたヴァイスの腕の下に自身の腕を通し、後頭部を押さえて自身の顔へと引き寄せる。


 そして唇を重ねた。


「んん……っ」


 口を封じられたことで、喘ぐヴァイス。けれど彼女の心に、抵抗感は一切無かった。

 当然だ。の唇なのだ。むしろ自分から奪いたいくらい、そう思っている。

 けれど今回は、魔力の為ではない。


 そう。だ。


 龍野が「要るか?」と切り出したのは、ヴァイスの願う事を汲み取ったからだ。そして龍野自身も、ヴァイスの唇の感触を味わい、ヴァイスと時間を共有する事を願っていた。

 しばらくは、僅かに呼吸音と水音が聞こえるだけの時間だけが過ぎた。


     *


「ぷはっ」


 互いが酸素を求める合図が、部屋に響き渡った。


「ごちそうさま」

「ええ。こちらこそ」


 感謝の意を簡潔に述べてから、手近な椅子に座る二人。

 数秒の沈黙の後、ヴァイスが切り出した。


「龍野君」

「何だ」


 先ほどまでの甘い雰囲気から一転、ヴァイスは真剣な表情で切り出した。


「これから貴方に、十一の質問をしようと思うのだけれど」

「ああ。何でもいいぜ、やってくれ」


 龍野はヴァイスの真剣さに呑まれつつも、「質問自体は構わねえ」といった雰囲気でヴァイスに返答した。

 ヴァイスは龍野の了承を得ると、質問の意味について補足する説明を始めた。


「これから、貴方のを問わせてもらうわ。率直な返答をお願い」


 龍野は何も答えない。ただ、意思を示す為に首肯した。


「それでは始めるわ」


 龍野が「覚悟を率直に話す」という心構えを確認したヴァイスは、「もう引き返せない」という警告をしてから、呼吸を整えて質問を始めた。


「一つ目。『貴方はこの戦争に、どういう意思を持って臨むの?』」

「『生き残る為』だ」


 ヴァイスは目を閉じ、首を縦に何度か振る。龍野の答えを何度も味わうように。


「では二つ目。『貴方は力を何の為に使うの?』」

「『自分が生き残る為に、正当防衛する為』だ」


 再びの首肯を、ヴァイスは行う。


「わかったわ。三つ目。『貴方に許せない人はいるかしら?』」

「フーッ。ああ、『いるぜ』」


 この質問で、龍野の感情は一気に熱を帯びた。

 ともすれば爆発しかねないレベルの熱を。


「三つ目から引き続いて、四つ目。『許せない人は誰かしら?』」

「『崇城麗華』だ……クソ!」


 既に我慢を抑えられない。

 だが龍野の心では、「許せない」という感情と、「何故俺達を助けたんだ?」という疑念とが相争あいあらそっていた。

 矛盾を解決する方法が見つからないからこそ、龍野の感情は大きく揺らいでいた。


「引き続いて五つ目。『その人を、崇城麗華を許せない理由は何かしら?』」

「『あいつは無関係な人間を殺した』。それで十分だ!」


 そう。龍野にはその原因だけで十分過ぎた。

 こればかりは何か月どころか、何年経とうが、龍野には許せない。


「六つ目。趣旨を変えるわ。『あらゆる理由を無視した上で、戦争を終わらせたいか否か、教えて』」

「『終わらせたい』に決まってるだろ……!」


 当然の答えだ。

 これまでの答えを踏まえれば、自然とそうなる。


「では七つ目。『貴方は争いを好むかしら?』」

「『好まないね』。正当防衛以上は望まねえよ。ただ……」

「ただ?」

「『ただ、何かを成す上で避けられないのなら、立ち向かうしかねえ』とも思うぜ」


 そう。龍野の価値観は、「好戦的」とまではいかなくとも、先ほどの戦いで変わった。

 それは「受け身の心構え」の戦いから、「積極的な心構え」の戦いに変わったからだ。


「わかったわ。八つ目、『戦争で失いたくないものはあるかしら?』」

「ああ、『ある』ぜ」


 ヴァイスは龍野の回答を聞くと、すぐさま続けて質問する。


「続けてここのつ目。『それは何かしら?』」

「ふうっ……。『ヴァイス、お前だ』」


 ここでもヴァイスは、すぐに次の質問に移った。


「更に続けて十つ目。『なぜそれを選んだのかしら?』」

「そりゃ決まってっだろ……。『大切な、人だからだ』」

「わかったわ。次で最後ね」


 ヴァイスは龍野の十つ目の返事を聞くと、目を閉じた。

 龍野の答えを反芻するように、首を縦に振っている。


「……では、最後の質問よ、龍野君」

「ああ」


 これから出される質問に、意識を集中させる龍野。

 その様子を見て取ってから、ヴァイスは最後の質問を投げかけた。




「行くわ。『戦争の勝利と大切な人と、どちらか選べと言われたら?』」

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