第八章八節 龍の逆鱗

 あっという間に豪との間合いを詰めた龍野は、刀身から魔力を噴射しつつ、大剣を振るった。


「おらッ!」


 加速によって時速300kmを軽く上回った刀身は、豪の障壁を易々と切り裂いた。


「がは……ッ!」


 心臓という急所こそ外したものの、胴体を袈裟斬りにされてうめく豪。


「豪さん! 須王……龍野ァ!」


 弓弦は憎悪の声を龍野に向け、矢を放った。先端に爆薬と信管が付いている。「爆華ばくかの矢」だ。

 しかし矢は障壁に阻まれ、空中で炸裂した。当然爆風は障壁で防御されており、龍野に届いていない。


「そんな!? いくらこの矢でも、『土』との相性なら、障壁なんて……!」

「効くかよ、そんなもん。てめえの矢の鋭さより俺の障壁の硬さが上だった、それだけだろうが!」


 龍野は素早く弓弦に向き直り、魔力噴射バーストで一気に加速。


「速……!?」


 慌てて空中に退避しようとする弓弦。

 だが今の龍野の速度は、空中退避を許さなかった。


「……ッ!」


 目に怒りを宿した龍野は、無言で、しかし確たる殺意を持ちながら、手にした大剣を振るった。

 質量を、そして纏った『土』を以って、弓弦の障壁を容易く破り裂いた。


「あ……っ!」


 袈裟斬りにされた弓弦は、龍野に斬られた勢いで遠くまで吹き飛んだ。シースルーエレベーター脇の階段に激突して、ようやく勢いが止まった。


「………………」


 龍野は豪を睨みつけ、ゆっくりと歩を進める。

 一歩ずつ歩む度、鎧が心臓の鼓動のように、音を立てる。

 そして最後のひと鼓動を終えた時、龍野は豪の心臓を刺し貫いた。


「………………足りねえ」


 しかし龍野の目から、怒りは消えていなかった。


「足りるか、こんなもの!」


 龍野は怒りに任せて剣を引き抜き、そして再び豪の心臓に突き立てようと――




「そこまでよ!」




 ヴァイスが腕を貫かれながらも、凛と透き通った声のみで龍野を制した。


「ヴァイス!?」


 正気に戻った龍野が、驚愕の表情でヴァイスを見つめた。

 足は無事な為、駆け足でやってくる。

 そして龍野の右前腕を掴み、瞳をまっすぐ見据えて言葉を語り始めた。


「既に二人の息は絶えたわ。命の駒ライフ・ピースを見なさい」

「わかった……」


 龍野は心の中で、『汝の命を示すものよ、汝が主の命を見せよ』と唱える。




 既に豪の、そして弓弦の命の駒ライフ・ピースは、その輪郭すら満足に見えぬほどに耀




「私も見たわ。最早二人は、じきに死ぬ。わかるわよね?」

「ああ……」

「これ以上の暴力は不要よ。それよりも、貴方は私を取り戻しに来たのでしょう?」

「ああ、そうだぜ……」

「なら余計な話は無用よ。騎士らしく、私を取り戻して頂戴」


 ヴァイスは無事である右腕を差し出す。




 龍野は――意識とは関係なく――装甲よろいかぶとを魔力に還元し、差し出された手を取った。




「これで、どうだ?」

「流石よ。


 ヴァイスは心からの称賛の意を送り、龍野と互いに支え合って歩く。


「けど、よかったのか?」

「よかったのか、って? ええ。でなければ貴方、彼等と同じか……いえ、それ以下の末路を辿たどっていたわよ」


 ヴァイスは僅かに怒りを滲ませ、龍野に起こり得た事実を伝えた。


「戦争参加者以外の者が関与したのですもの、じきに『魔術師の弟子部隊』が現れるはずよ。後は彼等に任せましょ。龍野君、エスコートをお願い」

「任せとけ」


 二人は万全ではないが、どうにか支え合いながら羽田空港に向かった。


     *


 その頃。

 龍野とヴァイスが去った後のオーバルガーデンに、猫が一匹いた。


「ニャ……ゴロゴロゴロ。ニャア」


 その猫の掛けている純白の首輪には、ひし形の青い宝石がぶら下がっていた。


「ニャ」


 壊れたエスカレーターを、苦も無く駆け降りる猫。

 猫は僅か一メートル強の高度なら、いとも容易く着地出来る。当然音もなく着地し、豪に近づく猫。


「ニャ……ニャッ!?」


 だが何かを感じ取ったのか、物陰に隠れる猫。


「ニャ……!」


 全身の毛を逆立て、しかし必要以上の音を立てぬようにしつつ、物陰から様子を伺う猫。




 そこには、謎の少女がいた。




「申し訳ないけれど、まだ仕事は終わっていないの。お兄ちゃん、そしてお姉ちゃん」


 少女が豪の体に手をかざす。


「幸い脳は無事みたいね。よかった、お兄ちゃん。おはよう」


 そして少女は、手のひらから閃光を放った。


「ッ……!」


 猫はあまりの眩さに、前脚で目を覆った。


「お姉ちゃんも、ほら。おはよう」


 再び、閃光が辺り一帯に広がった。


「ッ……ニャアッ!」


 猫はたまらず飛び出し、少女に向かって鳴き声で威嚇した。


「あら……? あら、あらあらあらあら。久しぶりじゃないの、お姉様・・・

「ニャ……!」


 少女を睨みつける猫。

 だが少女は、恐るるに足らずといった様子を見せつけた。


「その姿のお姉様では、私に勝てはしないわ」

「ニャ……!」


 事実を告げる少女に、しかし猫はたじろがなかった。


「あら、そう。なら、その気概に免じて見逃してあげるわ。、だけれどね」


 少女は余裕を崩さず、首からぶら下げたペンダントの鎖をチャリッと鳴らしてきびすを返した。

 そこから放たれた紫色の光の反射を、猫は憎しみを込めて睨みつけていた。


「ニャアァッ!」


 やがて少女の姿がかき消すように消えた。先程まで少女が存在していた空間を睨みつけていた猫だが、やがてきびすを返してどこかに行った。




「ニャ……ゴホン。さて、力無き者に力を授け、知無き者へ知を授けるのも、楽ではないな」




 猫は、闇夜に白い姿を同化させた。

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