第八章七節 共鳴

 龍野は何かが光り輝いたという事実に、動揺していた。


(まさか……指輪か!?)


 そう。

 龍野は日本に来る前に、指輪に魔力を込めていた。

 その魔力が反応し、龍野に信号を送っていたのだ。

 そして、光は指輪の耀きに限定されなかった。




 龍野が全身に纏ったよろいかぶともまた、光を宿し始めたのだ。




(これは…………ッ!?)


 龍野が思考を巡らせようとした瞬間、強制的に別の思考が上書きしてきた。

 いや、正確には思考とは呼べないものだった。


「………………」


 龍野は何の思考も無く――正確には考え無しではなくて無意識下での行動なのだが――、ヴァイスを抱きしめた。そして龍野のかぶとは、何の命令も無しに消滅した。

 だが、ヴァイスは何の表情の変化も見せない。


「ヴァイス……。俺は無力な人間だ」


 龍野の意識を超越して、龍野の口から言葉が紡がれた。


「魔術師なんて存在にはなったけど、所詮俺は、いじめを受けてたお前一人守ることも出来なかった」


 否。正確には、

 しかし龍野の認識は、過程を重視――つまりヴァイスに一切手出しさせないことを理想と――していた。

 それは龍野の意識の根底にあり、今でも悔やんでいたことだ。


「未熟だよな。俺は未熟を埋めようと、あても無く努力してた……。けどよ、俺は努力の方向を間違えてたんだな。だからお前を助けると誓っておきながら、その誓いを破っちまった」


 自己否定の連続。

 しかし龍野にとっては、正真正銘、純度100%の、自身の率直な気持ちであった。




 そして、厭世の賢者の言った通り――龍野は




「だからお前には、何かを求める資格も無い。ただ……」


 龍野は少々悲しげな表情で、こう告げた。


「頭の片隅でいい。俺を、覚えていてくれ……」


 龍野はヴァイスに、頬を濡らしながら告げた。その時。

 龍野の涙が、ヴァイスの肌を濡らした。


「おっと……ごめん。いつの間にか、泣いてた……」




『やっと、本音をくれたわね。龍野君』




 ヴァイスの念話。

 しかしその声――念話の上で、だが――は、甘く優しいものだった。

 カモミールの香りのように、五感で感じれば落ち着く、そんな声だった。


『私はようやく、支配を脱しつつあるのだけれど……貴方がほんの一滴とはいえ、魔力をくれた……。それがきっかけで、ようやく精神操作から逃れる機会を得たわ』

「………………」


 龍野は、物理的にも魔術的にも声を発しなかった。

 ただひたすらに、ヴァイスの声を、心で受け続けていたのだ。


『けれど、驚いたわよ。未だに過去の事を、抱え続けているなんてね。それだけ深い傷として、貴方の心に残されていたのね……。私が受けていた何倍も、重いものじゃないの』

『ッ、俺は……』

『違うのよ、龍野君。咎めたいのではないわ。私が言いたいのはね、「正直に話してほしい」ということよ』

『うっ……』

『心に溜まっていたものが、出てきたわね。そうよ、それでいいの龍野君。「男だから」なんて咎めはしないわ。自らの感情に、もっと素直になりなさいな』

『ああ…………ハッ!?』


 龍野は感情を整理せんとしていたが、殺気を感じて振り返った。


「見つけたぞ、須王龍野! 姫様を取り戻そうとするのは、そこまでにしてもらおう!」

「ああ、今は俺達が預かってるからな」


 他の誰でもない、豪と弓弦だった。


「………………」


 ヴァイスは再び、目から光を消していた。


「さて、姫様。我々と共に、その黒騎士を」

「………………」


 ヴァイスは無言のまま、龍野を突き飛ばす。


「クソッ、ヴァイス!(ああ、ダメだった、か……。俺もここまで、か……?)」


 そして氷剣を召喚し、龍野に向け――




 ていたはずの剣を豪に向け、魔力をレーザーとして数発、立て続けに放った。




「姫様!?」

「まさか……弓弦の風をッ!」


 ヴァイスは攻撃の手を緩めず、レーザーを乱射し続けている。


「くっ、こうなったら! 弓弦!」

「はい、豪さん!」


 弓弦が弓を引き、矢を放つ。

 放った矢はヴァイスの障壁を貫通し、ヴァイスの肩を穿うがった。


「ヴァイス!」


 当然龍野は、矢に貫かれたヴァイスを見ている。


「お前ら……許さねえッ!」


 龍野の頭部を、かぶとがひとりでに覆い始める。

 そして魔法陣が勝手に展開し、そこから大剣が召喚された。龍野はつかを手に取り、鞘を払うのと同様に、大剣を魔法陣から引き抜いた。




 ――実はこの時、龍野は、いや、この場にいる全員が気付いていないが……龍野の魔力は、異常なレベルで回復していた。

 通常なら全回復には――個人差はあれど――十二~二十四時間程度の時間を要する。

 だが龍野は、一分間でほぼ上限に近い量までの回復を果たしている。

 魔術師であれば、誰がどう見聞きしても「異常」としか思えなかった。




「はああああああああああああああああッ!」


 龍野は背面から魔法陣を展開し、魔力噴射バーストを発動してヴァイスの脇を通り抜けた。

 そしてそのまま豪と弓弦に攻撃を加えた。


「おらっ!」


 攻撃は空振りするも、豪と弓弦は、龍野とヴァイスから距離を取らされた。


「つうっ、何て威力……!」

「直撃しなくてよかったぜ……」


 安堵の声を漏らす二人。

 一方、龍野の表情は既にかぶとで隠れていた。

 だがバイザーの奥から覗く瞳には、既に怒りが宿っていた。




「お前ら……よくも好き勝手、人様の幼馴染に手ェ出してくれたな! 覚悟しろ!」




 龍野は剣を構え直し、再び魔力噴射バーストで二人との距離を縮め始めた。

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