第八章六節 窮鼠は龍と成りて
魔力の嵐に自ら飛び込んだ龍野。
「やはり矢ではダメか……! ならば仕方ない! 『我が友である風よ、我が敵を吹き飛ばし、滅せよ!』」
弓弦が水色の魔法陣を展開し、そこから暴風を発する。龍野を吹き飛ばす算段だろう。
しかし龍野の目は正気を保ち、また、ヴァイスのみを見定めていた。
「ぐうっ……!(耐えてくれ、俺の障壁……!)」
吹きつける三属性の暴風。
龍野にとっての
(クソッ……!)
正面からモロに受けざるを得ないのは、既に龍野も承知していた。
しかしいざ受けてみれば、障壁有りといえども、そう易々とは進めなかった。
(けどよ……ここまでしといて、今更後に退けるかってんだ……! うおおおおおおおおおッ!)
龍野は大きく息を吸った後に、
(楽はさせてくれねえが……手段は、これしかねえ……ッ! やって、やるぜ……!)
圧倒的な魔力を一気に吹かし、ヴァイスとの距離を詰める龍野。
「やらせるな、弓弦!」
「わかってます、豪さん!」
当然ながら、豪と弓弦は出力を上昇し、龍野を寄せ付けまいとする。
しかし――二人は、いや、二人と龍野は気づいていないが――ヴァイスは、出力を下げていた。
ヴァイスもまた、抵抗していたのだ。
*
(助けて……助けて、龍野君ッ!)
ヴァイスの外見上の表情に、一切の変化は無かった。
されど心の中では、涙が溢れ、頬が濡れている――ヴァイス自身は、そう感じていた。
無理もない。
龍野――ヴァイスからすれば龍野君だが――と会える……その希望を打ち砕かれ、自らの意思を
もしヴァイスの内心がそのまま表情に出ていたならば、泣きながら剣を取っているに違いない。
そう。それはまるで、小学四年生のときに受けた「いじめ」だ。
自らの意思を打ち砕かれ、歪めさせられ、踏みにじられ……その当時のトラウマが、そっくりそのまま体現されていたのだ。
けれど当時をそのまま再現するような出来事は、奇跡をも再現した。
それは龍野が、自身を助けるために現れたという事実だ。
その事実だけで、ヴァイスは精神を
しかし現実は残酷だった。
龍野の必死の説得も、ヴァイスにはそう易々とは届かなかったのだ。
龍野の言葉を受け入れようとする意思は持てども、実行に至れず、龍野を攻撃した。それはまるで、「体が勝手に動いた」感覚だった。
されどヴァイスは龍野と同じく、一度では諦めていなかった。
二度目のキスを伴った、少々強引な説得を受け、ようやく目覚めかけた……かと思いきや、弓弦の魔力による支配が、予想以上に強かった。
水面から顔が上がりかけた……そう思った瞬間、体をグイッと水中に引き戻された感覚だった。
だが、「二度でダメなら三度」という意思は、やはり龍野と同じであった。
(今度こそ……お願い、龍野君ッ!)
故にヴァイスは、自らの意思が及ぶ範囲内で、龍野の手助けをしていた――。
*
「うああああああああああああッ!」
暴風に耐える為、また、自らを鼓舞する為、龍野は心の底から、叫び声をあげていた。
(押し通る……何が何でも!)
「く、くそ……!」
「こいつ……! 豪さん!」
「わーってるよ……行かせねえっ、姫様の元には!」
豪と弓弦は全力全開で、龍野の行く手を遮る。
(武器は使えねえ……なら!)
龍野は右腕を構え、拳に魔力を纏う。
「何をするつもりだ、須王龍野……!」
「魔力が、急速に腕に――あいつ、まさか!」
魔力は龍野の拳を、加えて勢いそのままに右腕を取り巻き……
(これで、どうだぁあああああああッ!)
そして――龍野が振るうと同時に、一条の光となって暴風を突き抜ける。
果たして……
「しまっ……!」
「やっぱりか、クソがっ!(あんな、一秒にも満たない短時間で……あれだけの時間で、この威力の攻撃を作り出したのか!? 見誤ったぜ、須王龍野……何てヤツだ!)」
「豪さん、突破され……ッ!」
当然、龍野は作り出された台風の目を逃さない。
体がなるべく目の範囲に収まるようにし、一気に駆け抜け……
ヴァイスをさらった後に急減速し、オーバルガーデンと連絡した階段を一気に駆け上がって脱出した。
「豪さん!」
「ああ、追うぞ弓弦!」
動揺を隠せない二人。
だが龍野はそんな二人を意に介さず、ヴァイスの説得に注力した。
「ヴァイス! 頼む、目覚めてくれ!」
必死に呼びかける龍野。
だが、ヴァイスは依然として正気に戻らない。
「忘れちまったのか、俺の事を!?」
龍野は呼びかける事を諦めない。
だが、心の中では「これは違う」と、漠然と感じていた。
「思い出せ! さっきのキスの、温もりを!(ダメだ……どれもこれも、ヴァイスの心に響きやしねえ……。どういう言葉をかければいいんだ!? どういう言葉で、ヴァイスは俺を思い出し、目覚めてくれるんだ……!? ああ、クソォッ……!)」
内心でヴァイスの心を打つ言葉を必死に探しながらも、“見つからない”という事実に苦悩しかけた龍野。
「なあ、頼む……ヴァイス!」
龍野の請願は、哀願に変わりつつあった。
その時。
ガントレットの装甲の隙間から、光が走った。
(!?)
突然何かが光り輝いたという現象に、龍野は動揺を隠せないでいた。
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