第八章五節 決意故、自らを窮鼠となす

 龍野は重量調節グラビティを自身に使い、体重を軽くして相対的な速度上昇を狙った。

 しかし豪と弓弦、そして操られたヴァイスの反撃は、苛烈さをよりいっそう増して龍野に牙をむいた。

 矢や炎弾、果ては水柱までが、先ほどまでの数倍の密度で飛んでくる。

 致命打は全てかわし、あるいは障壁で弾き飛ばしているものの、一方的かつ極端に魔力を減らしていた。龍野の魔力が平均的な量であったら、とっくに底をついていただろう。


(諦める、ものか……!)


 だが狭い範囲で迂闊に飛行すれば、ただの的に過ぎない。いずれ攻撃を当てられるか、魔力が底をついて死ぬかの二択だ。

 かと言って地上を高速で滑空移動するだけでは、魔力をいたずらに消耗し、やはり底をついて死ぬ。

 そう。動けど動かねど、このままではどの道死ぬ。

 しかも、敵対し、またはしている三人も魔力噴射バーストで移動し始めた。


(もうなりふり構っちゃいられねえ、ってか……!)


 だが、豪と弓弦はともかく、操り人形であるヴァイスの魔力が尽きない保証は無い。既に盾として利用しているところを見ると、いざという時に、手段を問わず魔力をゼロにされる。


 当然、そうなった者を待ち受けるのは死のみだ。


(だが、なりふり構っちゃいられねえのは俺も同じなんだよ……!)


 ヴァイスの安全を最優先で考えている龍野は、当然如何なる脅威がヴァイスに迫るかも、同時に考えていた。


(そうは言っても、タイミングってもんはあるけどな……。今は逃げるしかねえ、か……)


 ひたすら魔力噴射バーストで逃げ続ける龍野。


(上がれないなら、下がるのみだな!)


 オーバルガーデンに連絡している階段で、品川シーサイド駅に逃げ込む龍野。

 だが、そこは実質的な袋小路であった。


(改札口を超えるのは論外……。何故か誰もいないが、それはオーバルガーデンの話だ。超えれば俺達の素性がわかっちまう……)


 それだけではない。オーバルガーデンに直結する出入口を除いては、何事も無く人間や自動車が往来している。

 そんな場所に出てしまえば、戦域からの逃走となる。つまりヴァイスを救えない。


(逃げるのはダメだ……。ヴァイスを救うのが目的なのに、逃げたらそれは叶わねえ。じゃあ……ここで待ち受けて、戦うしか、道はねえな……!)


 龍野は現状においての自分の状況を見定めるべく、一度目を閉じ、腕を広げた。


(使える魔力量は残り四割……。障壁に使う分には……いや、そもそも現状の障壁は、ほぼ全部の攻撃に耐えられる。それに、予備として送る魔力のストックも十分だ。回避用の魔力噴射バーストは、単体で使う分には二時間は軽く超えてくれる。だがヴァイスを救うには……欲を言えば、今の二倍は欲しい……!)


 だが、魔力は容易には回復してくれない。

 龍野は「仕方ないか」と割り切り、手持ちとして残っただけの魔力でしのぎきる方法を考え始めた。


(よし、やるしかないな……!)


 その時。

 上から矢が降ってきた。


「見つけたぞ、須王龍野! さあ、観念しろ!」


 声の主は弓弦であった。


(時間切れ、か……。この高低差で無茶はしたくねえ。ギリギリまで引き寄せるしかないな……!)


 龍野の側には、オーバルガーデンに戻る最後のチャンスである、連絡エレベーターがあった。


(だったら……!)


 龍野は一瞬の逡巡しゅんじゅんも見せず、ただちに決断した。




 エレベーターより後方の、出口付近のエスカレーターに――即ち、脱出の最後のチャンスを放棄した――ギリギリまで近づいた。




(これで位置取りの都合上、あいつらは正面から来ざるを得ない……!)


 背水の陣。一般人の存在するエリアへの脱出は、それ即ち敗北を意味するこの戦闘において……龍野は恐怖を唾と共に飲み込み、スプリントダッシュの構えを取った。


(俺は、お前を――取り戻してみせるッ!)


 龍野が覚悟を終えると同時に、豪、弓弦……それにヴァイスが姿を現した。

 三者三様、各々得物を持って、龍野を仕留めんと迫る。


『弓弦。つかず離れずのギリギリまで近寄ってから、とどめを刺すぞ』

『わかったわ、豪さん』


 最低限の念話を終え、二人は一歩、また一歩と近づく。そのは慎重であった。

 ヴァイスもまた、二人が進むのに合わせて歩を進める。


(文字通り、袋のネズミ……。確実に追い詰められた感覚が湧くな。しくじれば、ヴァイスを助けるより先に俺が死ぬ……)


 龍野の体を、死への恐怖が音もなくい回る。


(だが同時に、好機も迫りつつある……こういう状況なら、例え死のうが生きようが、動く以外の道はぇっ! いくぞ須王龍野、二度と出来ねえ大バクチだッ!)


 また、三人が一歩を踏み出す。

 その動きが、今の龍野にはひどくのろいものに見えた。既に龍野の血中には、限界までアドレナリンが分泌されていたのだ。


(ッ……そろそろ来る、だろうな……!)


 龍野は構えを崩さず、視界を正面に向け続ける。眼前の事実から逃げはしなかった。

 三人がエレベーター前まで来たとき、動きは止まった。


(さあ……来い……来いッ!)


 龍野が最大限の準備を終えると同時に、三人はそれぞれの武器を構える。


「『我がほのおの祝福に』!」

「我らの恨み、受け取れ……『爆華ばくかの矢』!」

「『われが許しを与える。呑め』!」


 そして、各々が同時に、圧倒的な魔力でって龍野を飲み込まんと動いた。

 だが、龍野は泰然としていた。

 そして――




(今だ……助け出してみせるッ!)




 全速力をって、のであった。

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