第八章四節 抗いだす黒騎士

 龍野が二人の前に躍り出た瞬間、弓弦から矢が放たれた。

 だが龍野は避けず、障壁で弾き飛ばす。


(ヴァイス……今回ばかりは、ぜ)


 一時的な、内心での裏切り宣言。

 しかしバイザーの奥に見える龍野の目は、確たる意思を秘めていた。




 そう、「ヴァイスを助け出す」という意思を。




 龍野は弓弦からの攻撃を意にも介さず、ただ前へ疾走していた。


「させるものか……!」


 だが、ヴァイスまで後三メートルというところで、豪が炎剣を構えて躍り出る。


「……どけ!」


 龍野は豪の炎にも負けぬ勢いの熱気を持った怒りで、一喝する。

 腹の底から響いた声は、豪を、そして弓弦を一瞬たじろがせた。


「ッ、だがそうはいかねえな! 折角得た仲間を、取り返されるワケには!」

「仲間?」


 龍野の声に、更なる怒りが上乗せされた。


「よく言うぜ、操ったくせによ! ああ!?」


 龍野の怒りは正当なものである。

 自らの意思に依らず、強制的に従わされたヴァイス。そして魔術に依り、ヴァイスを操った豪と弓弦。

 合理性を一切除けば、龍野は怒る権利がある。




 何故なら彼は――ヴァイスの幼馴染であり、相棒バディであり、そして……であるからだ。




「俺は騎士として、あるじを取り返す! もう一度言う、どけ!」


 龍野は怒りに任せ、拳を豪に振るう。

 豪は何もせず、障壁で受け止めた。


「おいおい、お前はバカか?」


 豪は余裕の表情だ。

 だが龍野は、微塵も意に介していなかった。


「果たしてそうかな?」


 ピシリという、ガラスに亀裂が走る音。

 豪の表情に、動揺が走った。


「こんなもんで、止められるかよ!(ないものねだりをしても始まらねえが、武器さえあれば、こいつらを一発で撃退出来る……してやる!)」


 更に拳を押し込む龍野。

 亀裂が広がり、そして……粉砕、された。


(クソッ、武器もねえのにこれほどやるか……!?)

「豪さん、下がって!」


 弓弦が矢を放ち、龍野を妨害する。

 だが龍野は、そんなものを全く意に介していなかった。


 「ヴァイスを救う」目的と、「豪と弓弦こいつらを倒す」目的。


 二つの目的は、相反することなく、確たる意思を持って龍野を突き動かす。

 戦闘機の、最上等の燃料と化していた。


「邪魔……するな!」


 矢を無視しながら、ヴァイスの腕を掴んだ龍野。


「さあ、助けに来たぜ!」


 そのままもう片方の腕も掴み、抱きしめたまま、豪と弓弦から距離を取る龍野。

 オーバルガーデンの建物内に侵入し(どういう経緯かは不明だが、開店状態のまま無人になっている状態)、探し出されるまでの時間を稼ぐ龍野。

 しかし隠れ場所を探す最中さなか、龍野はヴァイスのあまりの無抵抗さを疑問に感じた。


(不思議だな……操られているはずなのに、何故か全然攻撃してこない……。どうしてだ?)


 やがて、店舗の死角になった場所を見つける龍野。


(よし、ここなら!)


 彼は好機と見て、一気に説得を始めた。


「ヴァイス! もう一度、俺を見ろ!」


 兜を脱いで、素顔をあらわにする龍野。

 しかしヴァイスは、眉ひとつ動かさない。


「お前は、俺を覚えていない……。じゃあこの温もりも、忘れちまったのか!?」


 龍野は息を思い切り吸い、を終えた。

 そして――




 ヴァイスの唇を、自身の唇で思いっきり塞いだ。




「!」


 ヴァイスの瞳が、初めて揺らいだ。


(ここまでしてでも、思い出させてやる……! 戻ってこい、ヴァイス!)


 密着状態では、思った以上に動きが封じられる。

 戦闘にはそこそこ長けているヴァイスも、例外ではなかった。


「はあっ、はぁ……。どうだ、ヴァイス?」


 酸素切れでキスを終えた龍野は、一旦一メートル半の間合いを取って、ヴァイスに尋ねる。


「………………」

(クソッ、効果無しか……)


 龍野が諦めたその時。




『りゅ、うや、君……。龍野、君!』




 念話が返ってきた。


『ヴァイス!? 正気に戻ったのか!』

『いえ……まだ、私の心は、弓弦さん、に……』


 念話のはずだが、いや、念話だからこそ苦しんでいるヴァイス。何故なら彼女は今、だ。

 ゆえに、無線においてのノイズが、念話に混ざってしまっていた。


『龍野君、これ以上は……げ――んか――』


 念話は音も立てずに中断した。

 一秒後、ヴァイスが手を体の正面で広げ、魔法陣を展開。氷剣を召喚した。


(だが、俺を殺す気なら射撃型の魔術を繰り出したはず……。頼むから説得が効いた、そうであってくれよ、ヴァイス!)


 龍野は距離を取り、ひたすらヴァイスから逃げ回る事に決めた。

 でなければ、障壁が、そしてその源泉である魔力が持たないからだ。

 すぐさま建物外に出て、魔力噴射バーストで距離を取る。


「見つけたぞ、須王龍野!」


 だが、弓弦に見つかってしまった。


「背を向けるとは良い度胸だ!」


 矢が背面から飛んでくる。

 直線状の動きでは避けようもなく、障壁に命中した。


(クソッ……! だけど、まだ諦めるワケには……!)


 矢が貫通力を十分に発揮しない内に、離脱を終える龍野。


(もう一度だ……! 今度こそ、もう一度で、説得を終えてみせる……!)


 龍野の気力は、更に奮い立っていた。

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