第八章 あの時の決意

第八章一節 気丈なる姫君

 東京都内某所。

 ごう弓弦ゆづるの拠点である安ホテルに拉致されたヴァイスは、二人から手荒な“説得”を受けていた。


「はぁっ、はぁっ……」

「よし、やめろ弓弦」

「わかったわ、豪さん」


 体のあちこちにあざが出来、強制的に痛覚を味わわされているヴァイス。


「無駄よ、貴方達……」


 呼吸は荒く、されど意思は正気を保っている。

 凛とした声で、それを告げた。


「私は貴方達には屈さない……貴方達のような、卑劣な人間には、ね……」


 目には光が宿り、まっすぐに二人を見据える。


「私の心を折ろうなどと、考えないことね……!」


 その言葉を聞いた二人は、念話を交わした。


『どうする? 相当しぶといぞ、姫殿下』

『ええ、そうね豪さん』

『このままだと、徒労に終わるぜ』

『ええ……あっ』

『どうした?』

『私に一案があるわ。しばらく、時間を稼いでくれないかしら?』

『ああ、わかった。頼むぜ』

『ええ』


 念話を終えた二人。


「次はどうやって私の心を折るか、話していたの?」

「いえいえ、そうではありませんよ。ただ、意思確認を、と思いまして」

「意思確認?」


 拷問の続いた直後に、に変わった事態に眉をひそめるヴァイス。


「ええ、意思確認でございます」

Ach soああ、そう. どの道、私はどうにもできないでしょうからね」


 余裕の軽口を叩き、不屈の意思を崩さないヴァイス。


「姫殿下。貴女は、我々に協力してはくれませんか?」

「何度言わせれば気が済むのかしら? 断じていなよ」


 これまでに言った答えをそのまま返す。

 その様子を見た豪は、小さく笑った。


「フフフ……」

「何かしら?」

「最早、手段は一つのようですね。姫殿下」

「手段も何も……私を屈服させるなんて、出来やしないわよ」

「いえ、。もう、ね」


 豪のその言葉に、ヴァイスは一瞬笑いかけ――そして、気づいた。


 魔力が弓弦の周りで、渦巻いているという現状に。


「まあ、私が無力なのは既に嫌という程思い知らされましたからね。これで、お暇しますよ……」


 コツ、コツと足音を立て、部屋を去る愛児。

 弓弦はヴァイスの前に跪き、瞳をじっと見つめる。


「…………」


 ヴァイスは不気味さに呑まれ、言葉一つ発することが出来ない。


「すぐに、済みます……。姫殿下、不必要な苦痛はおかけしません」


 弓弦はそれだけ告げた。

 同時に、魔力の密度が増した。


(何をする気なの……!?)


 ヴァイスが内心で疑問に思った直後、意識が途切れた。


     *


「ふぅ、っ……。『豪さん、終わったわ』」

『わかった、弓弦。戻るぜ』


 煙草タバコをくわえながら部屋に戻る豪。

 そこには弓弦と、うなだれたヴァイスがいた。


「やったか」

「ええ。手ごたえはあったわ。姫様、そろそろお目覚めを」


 頬に手を添え、呼び掛ける弓弦。

 それによって、ヴァイスはゆっくりと目を開いた。

 彼女の目には、生気の光が消え失せていた。


     *


 ヴァレンティア城にて。

 無力感に苛まれ、行動する気力をすっかり失った龍野は、ひたすら自室に籠っていた。


「…………」


 ベッドの上で膝を抱え、自ら視界を内に向ける龍野。

 またも彼は、自らの実力が及ばぬ故の結果を、そしてそれによって生じた無力感を、奥歯と共に噛みしめていた。

 すると、八連の扉がひとりでに開いた。


「勝手に入るわよ、兄卑」


 シュシュであった。トレイを両手で持っていた。


「もう丸一日もここから出ないなんてね……食事、置いておくわよ。食べるかはわからないけれど」


 両手で持っていたトレイを机の上に置き、きびすを返すシュシュ。


「まったくもう……どうしてわたくしがこんなことをしなければいけないのよ。メイドにでも頼めばよかったかしら……(しかも、何故わたくしが志願してしまったのか、さっぱりわかりませんわ……)」


 だが、返したきびすが止まった。


「何かしら?」


 メイドに呼び止められ、話をしている。


「わかりましたわ。ご苦労様」


 メイドを返し、再び龍野の元へと向かうシュシュ。


「兄卑、そろそろ起きなさい」


 シュシュの呼び掛けに、しかし龍野は反応しない。


「兄卑ッ!」


 語気を強めるも、なおも反応しない。


「仕方ないわね……」


 やれやれと言った様子で、シュシュは次の言葉を切り出した。


わよ」


 その言葉を聞くや否や、まるで別人のように飛び起きた龍野。


「シュシュ! それはホントか!?」

「やっと起きてくれたわね……。バカ兄卑」

「面目ない」

「ヘボ騎士様、無能、デクの棒」


 ボロクソにこき下ろされる龍野だが、ヴァイスを守れなかった自覚がある以上、黙って聞くだけであった。


「そこまで言われても反論できねえのが悔しいぜ……」

「でしょうね。そんな兄卑に汚名返上の機会が与えられたわよ」


 シュシュは封を切り、むき出しになった手紙を差し出す。


「機会だぁ?」


 訝しみながらも、手紙を受け取る龍野。即座に目を通す。

 そこには、こう書かれていた。


「須王龍野へ


 ヴァイスシルト・リリア・ヴァレンティア姫殿下を返してほしくば、明後日みょうごにちの二十二時半に、一人で品川シーサイドのオーバルガーデンに来い。

 そこで待っている。


                                不知火豪」


 その手紙を読んだ龍野は、猛烈に闘志を奮い立たせた。


「待ってやがれ……不知火豪、美矢空弓弦!」

「やっと本気になってくれたみたいね、バカ兄卑。今から飛行機を手配するから、それで行ってきなさい!(兄卑……お姉様を、頼みますわ)」


 龍野の再起に心を動かしたシュシュもまた、闘志を奮い立たせたのであった。

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