第七章八節 悪夢の防衛戦(後半戦)

『シュシュ! どうしてそいつらを優先しろってんだ!?』

『はっきり言うわ。心の準備の要る言葉だけれど、いいかしら?』

『すまん、少しだけ待ってくれ!』


 龍野は近くに迫って来た襲撃者を大剣でいなし、怯んだ隙を突いて仕留める。

 噴き出した血液を見た瞬間、龍野の決意は固まった。そう、準備は整ったのである。


『ああ、頼む!』


『では言うわ。お姉様が爆殺されるからよ』


『なっ!?』


 想像を遥かに超えた言葉。

 それを聞いた龍野は、何も言えなかった。


『正確に言うわね、兄卑。この狼藉者達はプラスチック爆弾で、お姉様の眠る氷塊を爆破しようと試みているの。もしそれが実行され、氷塊が破砕されたが最後……お姉様は、即死、するわ』

『……』


 龍野は言葉が出なくなったと同時に、急激に怒りに支配され始めた。


『……わかった。ありがとよ、シュシュ』


 どうにかそれだけ言い終えると、龍野は大剣を構え、魔力を充填し始める。


(……覚悟しろ)


 周囲を鬱陶しく跳ね回る襲撃者の一人に狙いを定め、魔力を凝縮して解放した。

 レーザーと化した魔力が、襲撃者を貫いた。


     *


(兄卑、派手にやるわね……!)


 オレンジ色のレーザーをチラリと見たシュシュは、眼前の敵に集中していた。


(お願いだから、お姉様の眠る氷塊にだけは当てないでよ、兄卑……)


 襲撃者達の放つ魔力弾を障壁で弾き、接近戦を挑む別の襲撃者を排除する。


(日頃の鍛錬による力、お姉様の為にお使いします……どうか見ていてくださいませ、お姉様!)


 シュシュは宣言するように心中で祈ると、氷剣を構える。


『はああっ!』


 障壁が展開するも、シュシュの斬撃に耐え切れずに、すぐさま砕け散る。

 当然、障壁の持ち主である襲撃者も、同時に切り裂かれた。


(これで、ようやくあと半分……!)


 しかし、一向に撤退する気配が無い。

 爆弾を装備した襲撃者達が、まだ残存しているからであろう。


(ならば、わたくしも……!)


 間違ってもヴァイスに攻撃しないよう、氷塊に背を預ける。

 そして龍野がやっていたのと同じように、剣に魔力を充填し……。


(行きなさい!)


 襲撃者目掛け、魔力を解放した。

 青色に光り輝く魔力は、襲撃者の体をいとも容易たやすく貫いた。


     *


 龍野は怒りに支配されたまま、襲撃者達を確実に撃破していた。

 どれだけ俊敏であっても、動きを乱して単調になれば、的同然だ。


(さて、そろそろ残り十人……!)


 いい加減襲撃者達も焦ってきたのか、一度動きが硬直する。

 当然見逃すはずは無い龍野は、一人をレーザーで即座に蒸発させる。


(俺のヴァイスに、手を出した報いだ……!)


 龍野は未だに怒りに支配されながら、襲撃者を葬った。

 だが一人がやられるや否や、すぐさま散り散りになる奴ら。


(チクショウ、狙いづれえ……!)

『兄卑ッ!』


 障壁の破砕音が聞こえた。


『シュシュ、助かるぜ』

『残りは八人……。一極集中して来るわよ!』

『ああ!』


 龍野達は短い念話を終え、それぞれの武器を構える。


(やらせるかよ……!)


 同時に襲撃してくる襲撃者達四人を、大剣を薙ぎ払って三人、反動を利用した蹴りで一人、仕留める。


(きっちり俺の分は撃破した。さあ、シュシュはどうだ?)


 龍野がシュシュを見ると、シュシュもまた、襲撃者四人を撃破していた。


『やりましたわよ、兄卑! これでお姉様は、ひとまず無事ですわ』

『ああ……!(良かった……。ヴァイスが無事で、本当に良かった……!)』


 周囲を見回すと、襲撃者達が光の粒子に包まれて消滅しつつある。龍野はほっ、と胸をなで下ろした。


 そして龍野達は念のため、落ちているプラスチック爆弾らしき物体を全部回収した。『後は他の騎士に任せて』と事後処理を勧めるシュシュに乗っかり、龍野は部屋に帰る事を決めた。


『さて……一度帰るか。じゃあな、ヴァイス』

『また会いましょう、お姉様』


 龍野達はヴァイスの無事を見届けると、「静謐の間」を出たのであった。


     *


 龍野達が去ってから、数時間後。

 氷塊が光の粒子をまとい始めた。

 そして全体が輝いたかと思えば――


 氷塊は砕け散り、跡形もなく消え去った。


 ヴァイスはスタッと地面に着地し、体の感覚を確かめるように手首と足首を回し始めた。


『よかった、私は生きているわ……。龍野君、ありがとう』


 ヴァイスは今現在、自身が生きているという事実に安堵し、感謝の言葉を述べる。


(さて、ひとまず自室に…………ッ、これは!?)


 異様な魔力の気配。


(これは……龍野君のでも、シュシュのでもないわね……。

 一体、誰のものかしら?)


 魔力の源を見つめるヴァイス。




 そこには……美矢空弓弦と不知火豪がいた。




『貴方達は、一体……?』


 念話で二人に呼び掛ける、ヴァイス。


『これはこれは、大変失礼いたしました姫殿下』


 それに応答したのは、豪だ。


『貴女に恨みは無いのですが、少々協力していただきたい事がございまして……』


 炎剣を召喚し、構える豪。

 弓弦も弓矢を召喚し、射の態勢に入っていた。


(急いで弓弦さんを止めなくては……!)


 ヴァイスは踵を浮かせると、魔法陣を展開。

 一気に加速して弓弦との距離を詰め――


『させませんよ』


 られなかった。豪がヴァイスと弓弦の間に割って入り、突撃を阻止したのだ。


『殺しはしません……ですが、一時的に拘束させていただく』

『出来るのかしら、貴方達に?』

『出来ますとも。のですから』


 加護を受けた。その言葉を聞いて、何故かヴァイスは背筋への寒気を感じた。


(い……今の言葉は、一体……?)

『さあ、お覚悟を!』


 その言葉と同時に、豪が反対方向へ急速に通り抜ける。




 ヴァイスの視界には――既に弓を引ききっていた弓弦がいた。




 そして矢が高速で飛んでくるのを認識しつつも、何も出来ずに膝を射抜かれた。

『あ……ッ……!』

 この時ヴァイスは、違和感を覚えていた。


 のだ。


 そしてその二本の矢は、狙いすましたかのようにヴァイスの膝のど真ん中を射抜いていた。


(これでは……離脱は、叶いませんね……)

『さあ、捕まえましたよ姫殿下。こちらへ』


 弓弦がヴァイスを羽交い締めの要領で抱きかかえ、空高く飛翔した。


『よし、これでいいな』


 豪は書き置きを残すと、弓弦の後を追って飛翔した。


     *


 翌朝。

 龍野は明るい気持ちで「静謐の間」に向かっていた。


「おはよう、ヴァイス……あれ、いない? じゃあ、自室に……」

「その必要は無いわ、兄卑」



 怒りと悲しみに暮れた表情のシュシュが、いつの間にか近くにいた。

「おはよう、シュシュ。どうした?」

「これを見なさい」


 怒りを押し殺すかのように震えた腕で、何かの紙を差し出すシュシュ。


「はいよ…………ッ!!」


 龍野の表情が、驚愕と絶望に染まった。




 書き置きには、このように書いてあった。

「須王龍野へ


 ヴァイスシルト・リリア・ヴァレンティア姫殿下は預かった。

 また明日、手紙を寄越よこ


                                不知火豪」




 龍野が書き置きを読み終えたのを確かめたシュシュは、怒りに震える声で叫んだ。


「貴方は、それでもお姉様の騎士なのッ!?」


 その悲痛な叫びを聞いた龍野は、何も言えず、ただ膝から崩れ落ちて両手を床についた……。


(あぁ……自らの無力を悟ったばかりなのに、俺は……俺はぁっ! クソォオオオオオオオッ!)


 心の中に渦巻く感情。

 それは魔力の過剰な集中を伴って、龍野に襲いかかった。


「あぁあああああああああああああああああああああああああああああああッ!」

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