第七章七節 悪夢の防衛戦(前半戦)

(さて……こいつらをどうやって蹴散らす?)


 不気味な仮面と、その奥から覗かせる無感情さを併せ持った瞳。

 龍野は彼らの人数と、数々の実戦経験ゆえに滲み出ているであろう気配に圧倒されていた。


(見えるだけで三十人……。実力は不明、実戦経験は俺以上だろう。この状態で、障壁を過信するのは死にたがりだけだ)


 目を素早く動かし、周囲を把握する。首は動かさない。余計な動きは隙を晒すも同然であるからだ。


重量調節グラビティ。1.5kgだ、頼む)


 大剣が紫煙を纏う。


(よし、しっくりくる。これで準備は整った。

 後はいつ仕掛けてくるか、だ……ん?)


 その時、龍野は妙な動きをした集団を見つけた。


(何のつもりだ――?)


 訝っていると、不意に紫色の魔弾が飛んで来た。


(避け――)


『駄目! 障壁で受け止めなさい!』


 謎の念話が俺に命令する。


(クソッ……!)


 龍野は言われた通り、真正面から障壁で受け止めた。


(特に何ともない。どうやら魔弾こいつの威力は大したことがないな)


 龍野は自らが無事であるという事実に安堵しつつ、握った大剣を意識し、構え直す。


『兄卑!』


 さっきの念話の主だ。

 龍野は自らを“兄卑”と呼ぶ人物を、一人だけ知っていた。


『シュシュか……?』

『そうよ、それより兄卑、手短に言うわ!』


 シュシュが念話を飛ばそうとする。

 だがそれを遮るかのごとく、仮面の敵が龍野の前に躍りかかる。そしてそのまま、腕に付けたブレードで斬りつけてきた。


『ダメだ、後にしてくれ!』


 龍野はブレードを防ぐが、どうやら今の敵の動作が開戦の合図になった。仮面の人物達は巣をつつかれたスズメバチの如く、派手に動き始めた。

 最早まともに話をしている余裕は無い。


(ッ、あいつ……! させるかよ!)


 龍野は時に文字通りヴァイスの盾となり、ヴァイスの眠る氷塊を守る。

 幸い氷塊は相当頑丈に出来ている為、魔弾がいくら当たっても、そうやすやすとは壊れそうにない。それが龍野にとっての救いだった。


『クソッ! ダメだシュシュ、援護してくれ!』

『ごめんなさい、今向かっているところなの! 後三十秒で着くから!』

(三十秒だと!? クソッ、数が多すぎる……『大地の息吹』!)


 この猛攻を前に三十秒とは、長すぎるにも程がある。

 だがシュシュも精一杯の速度で来ている。彼女のヴァイスへの気持ちを考えると、全速力で駆けつける――龍野はそう、確信していた。


『わかった、何とかもたせる!』


 龍野は短く返すと、眼前の敵に意識を戻した。


(クソッ、しつこい上にうざったいな!)


 龍野は左手で魔弾を連射しつつ、右手で近接戦を挑む敵を牽制している。

 だが、無理をしないヒットアンドアウェイを繰り返す敵は狙いづらい。魔弾は数発命中したが、障壁で弾かれる始末だ。

 この波状攻撃で、こすったような程度とはいえ氷塊にもダメージが出始めた。どこまでもつのか、龍野も不安になる。


(せいぜい接近戦を挑む敵を離させるのが……!)


 すると、攻撃もせず一目散にヴァイスに近づいてくる奴を見つけた。

 嫌な予感がした。悪寒が龍野の背筋を撫でる。


『やめろ――!』


 龍野は、声が出なかった。

 ただ、気づけば剣を振るっていた。


 その直後、龍野に見えたのは鮮血だった。


 だが、何かを落としたのが見えた。

 しかし龍野は疑問を抱けない。抱くだけの余裕が無い。

 波状攻撃はまだ続いているのだから――。


     *


『クソッ! ダメだシュシュ、援護してくれ!』

(兄卑……相当苦戦しているみたいね。

 お姉様……もう少し、もう少しなのですわ。


 シュシュは「静謐の間」の扉を勢いよく開け放った。


(な……何なんですの!?)


 その光景は、「絶望」そのままだった。

 スズメバチのような俊敏しゅんびんさと獰猛どうもうさ。仮面そのもの、及び仮面を装着している二つで増す、集団の不気味さ。


(幸いお姉様はご無事のご様子。後兄卑もだけど。いつまでも気圧けおされるわけにはいかないわ……!)


 ただちに割って入ったシュシュは、素早く氷剣を取り出す。


(我が剣にかしずきなさい、狼藉者ども!)


 そしてすぐさま、集団の一人に背後から襲いかかった。


(はあっ!)


 その手ごたえは、あまりにもあっけないものであった。

 襲撃者は障壁で防ぐことすらままならず、シュシュの氷剣に切り伏せられたのである。


(障壁自体の耐久度は……大したことが無いみたいね。けれど、兄卑は苦戦してる……何とかして、援護しなくちゃね。今回ばかりは、いがみ合う余裕は無いのですから)


 シュシュは氷塊の防衛を龍野に任せ、隙を見せた襲撃者を一人ずつ斬り伏せ始めた。


『兄卑、到着しましたわよ!』


     *


『兄卑、到着しましたわよ!』


 シュシュの念話が、龍野に届いた。

 瞬間、龍野が鎧の下で、わずかに笑みを浮かべる。


(シュシュ、ようやく来てくれたか!

 こっちはようやく、この猛攻に慣れてきたところだぜ……っと! このっ、いい加減に、しやがれ……!)


 振るった大剣が、集団の一人に命中した。

 一撃で、羽をもがれたスズメバチのように地面に倒れる。


『シュシュ!』


 龍野は素早く、シュシュに連絡を取ることにした。


『何かしら、兄卑!?』

『手短に言ってくれ!』

『わかったわ。一目散にお姉様に近づく狼藉者には、特に注意して!』

(狼藉者……この集団のことだろう。だが……)


 頭の中で、単語を適切に変換する。

 しかし。


『どういう奴だ!?』

『恐らく、武器を構えずに接近してくるわ!』


 シュシュが必死に、龍野に説明する。

 その時、龍野の脳裏をよぎるものがあった。


(さっき……俺に斬り伏せられたあの敵は、何を落としたんだ……?)


 龍野はその事に意識を捕らわれたまま、眼前の敵を一人、また一人と屠っていた。

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