第七章六節 暗躍者

 龍野が『闇』と遭遇する、一日と二十時間前。

 日本国内某所にある『闇』本拠地内で、麗華は横たわる老人と話していた。


「お爺様じいさま……」

「よい、麗華。楽にせい」

「はっ、ありがとうございます」


 麗華が安堵し、姿勢をわずかにゆるめる。

 と、老人が脈絡の無い質問をした。




「ところで、お前が連れてきたのは誰だ? 知り合いか?」




「いえ、彼女は……」


 麗華が左を見ると、謎の少女がいた。


「こんばんは、おじいちゃん。お邪魔してます」

「貴様、お爺様を……」

「よい! よいのだ、麗華」


 麗華が抗議しようとするが、老人が遮る。


「続けよ、童女どうじょ


 老人が許しの声を出す。それを受けた少女は、笑顔で続けた。


「この本を眺めてくださいな、おじいちゃん」


 何もない、白紙のページ。

 だが、ぼんやりと挿絵さしえが浮かび上がった。


 そこには、氷に閉じ込められた――あるいは閉じこもった――女性が映った。


「これは……。だが、これがどうかしたのか……?」

「今すぐ配下を遣わしなさいな、おじいちゃん」


 唇を噛み、怒りをこらえているであろう様子の麗華。

 だが老人は、至って平静であった。


「このようなまやかしを信じろというのか?」

「やはりそう簡単にはいかないわね。だったら仕方ないかしらね、おじいちゃん?」


 少女が、スッと手をかざす。


「やめろ!」


 麗華が駆け寄り、止めようとした。

 だが体が突然硬直し、動けなくなってしまったのだ。


「邪魔しないでほしいな、おねえちゃん」

「クソッ……! お爺様……!」

「麗華、


 暗に別の方法を提案する老人。

 だが、しかし。


「駄目です、お爺様……どうにも、動けません。動けないのです……」


 歯を食いしばるほどに全力を込めても、微動だにしない麗華だった。


「うふふ。痛くしないからね」


 少女が妖しく微笑むと同時に、手に光が走り始めた。


「くっ……!」


 麗華が反射的に目を閉じる。


「ん……。終わった、か……?」


 一瞬の後に目を開けば、先程と変わらない光景があった。


「麗華。『銀のかね』を鳴らせ」

「そ……それは!」


 麗華が拒否の意思を示す。

 その途端、老人は今までとは打って変わって、麗華を威圧した。


わしの言うことが聞けぬのか?」

「は……はい!」


 慌てた様子で銀色の鐘を――小型ハンマーで叩いて――鳴らす麗華。


「よし……あれ、少女は?」

「はて……どこに行ったのかのう? おやおや、揃ったかおぬし達」


 部屋にはいつの間にか、仮面を付けた男女が五人ほど集まっていた。


「さて、命令を下す。ヴァレンティア王国のヴァレンティア城へとおもむき、氷柱を破壊せよ」

「はっ!」


 仮面の男女五人組は、了承の返事を残すや否や、すぐに消え去った。


「これで良い」

「お……お爺様? っ、頭が……! あぁっ……!」


 麗華は老人への問いを投げかけようとしたが、突如として発生した頭痛によってその意思をかき消された。


     *


 東京都内某所。

 龍野の攻撃を辛くも耐え抜いた不知火豪と美矢空弓弦は、安ホテルで体を癒していた。


「奴|(龍野)め……あのような手を隠し持っていたとはな……」

「こうして無事にいられるのが幸運なレベルだぜ。あぁ、まだ体のあちこちがいてえ」


 まだ傷は快癒に至っていない。




 そこに、謎の少女が姿を現した。




「何者だ!?」


 咄嗟に構える弓弦。

 豪も同じく、愛剣を構えていた。


「二人とも、武器を収めて」


 少女は両手を広げ、高く上げた。いわゆる「降参」のポーズだ。


「私は貴方たちに、恨みを晴らすお手伝いをしに来たの」


 すると両手から、閃光が奔った。


「ぐっ!」

「ッ!」


 咄嗟の出来事で反応しきれなかったのだろう。

 もろに光を見た二人は、目を押さえていた。


?」


 少女が二人に呼び掛ける。


「あ、ああ……『豪さん、何か体がおかしいとか、無い?』」

「わかるぜ『無いな。不調は見られないぜ、弓弦』」


 表面上は少女に返答しつつも、同時に念話で確認を取る豪と弓弦。


「二人とも、この本を見て」


 少女が見せたのは、白紙のページだ。

 そこに、氷に閉じ込められた――あるいは閉じこもった――女性が映った。先程『闇』に見せたものと同じだ――ここまでは。

 『闇』に見せたものと違う点は――日付が映っていたことだ。『闇』がヴァレンティア城を襲撃した日の翌々日の、午前零時だ。


「この時間に、ヴァレンティア城に忍び込んで。このおねえちゃんが、氷から出るから。その時に、二人でおねえちゃんを拘束するの。殺しちゃダメよ。わかった?」

「わかった……」

「ああ」


 了承の返事をする二人の目からは、生気が失せていた。

 少女はその様子を満足気に見ると、ひとりでに姿を消した。


     *


 深夜、ヴァレンティア城の屋根にて。

 どうやってか一瞬でここまで移動した少女は、足をぶらぶらさせながら、何かを楽しむように笑った。


「さあて、どうなるのかな? 地獄の鬼さん……うふふ」


 手元の本が妖しく輝く。

 一瞬のような何かが散布されたかと思えば、それはゆらゆらとひとりでに移動した。

 そして、円形のくぼみの上で移動をやめた。


「みんな、ここだよ。ここの真下に、氷のおねえちゃんがいるんだからね……」


 少女がそう呟いた途端、は弾けるように消え去った。

 後には、濃密な魔力の痕跡が残っていた。


「面白くなってきたね……。この戦争ゲームがどうなるのか、まるで予想出来ない……うふふっ、だからこそ面白いのだけれどね」


 少女はしばらくの間、城の屋根の上で笑っていた。

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