第七章五節 シュシュの想い
「それで? どういうことだ?」
「その前に。
まずは
シュシュに腕をガシッと掴まれる。そのまま腕を引かれ、彼女の部屋の前に案内された。
「兄卑」
ギロリと龍野を睨むシュシュ。
龍野は生唾を飲み込み、ありとあらゆるものを、真正面から受け止める準備をした。
「どうしてお姉様を助けられなかったの!?」
龍野の予想通りだった。
客観的に聞けば理不尽な言葉ではあるが、当の龍野本人は理不尽とは思ってない。むしろシュシュが、龍野の行動を理不尽だと思っていた。
「お姉様は、貴方を信じていたはずなのに……っ!」
龍野は何も言わない。何も返さない。
今口を挟めば、間違いなく収拾がつかなくなる。そう認識しているからだ。
と、そのとき。ドスンという感覚が龍野を襲った。
龍野が見ると、シュシュが龍野の腹を力いっぱい殴っていた。
「須王龍野、
更にドスン、ドスンという音が響く。シュシュが込められる憎悪を精一杯込めた一撃を、しかし龍野は微動だにせず受け止めた。
(俺にとっては、物理的な痛みはさっぱりだけど。それでも、受け止める他は無い。
それが、彼女を悲しませた責任だ)
龍野が思考を巡らせていると、シュシュは更に怒りを燃え上がらせた。
「どうしましたの!?
最早龍野への怒りを通り越してしまったシュシュ。
しかし、ガス抜きはまだ終わっていない。
(今は口を開くべき時じゃねえな)
「何よ……何よ何よッ! 私の
もう一度、ドスンという音が響く。
シュシュが拳を突き出し、龍野の腹に当てたまま……俯きながら、怒りを訴えていた。
「こんな男なのに……侮辱されて当然の男なのに……っ! 何で……どうして……?
ついに感情が溢れ、シュシュが泣き始めた。
「うわああああああっ……ああ……ッ…………!」
(よし、今だ!)
泣き始めるシュシュを見た龍野は、決断する。
「シュシュ」
龍野はシュシュが苦しまない程度に力を込め、抱きしめた。
「兄卑……」
兄卑。
「ナイフのような言葉」には、
だが今シュシュが放った「兄卑」は、この上なく弱々しいものであった。なまくらのナイフだ。
当然、龍野の心を傷つけるには至らない――。
「済まなかったな」
「ッ……この……」
シュシュが毒づくが、密着状態だ。動くに動けない。
「覚えてなさいよ……馬鹿兄卑……」
「ああ、覚えておくさ」
「だったら、しばらく……私の布になってなさい……」
「ああ、何か汚したら拭いてやるよ」
龍野はシュシュを抱きしめたまま、しばらくの時間を過ごした。
*
翌日。
「ふああ……
当然である。
龍野はシュシュをなだめた後、部屋に帰って時計を見れば、時刻は午前二時だった。
それから今の午前六時半までは寝たものの、はっきり言って寝不足である。
「さて……挨拶行くか」
龍野は体にムチを入れ、「静謐の間」へ行くことにした。
*
静謐の間にて。
龍野はヴァイスの閉じこもった氷塊の前に立ち、心の中で挨拶をしていた。
(よお……ヴァイス。ゆっくり休んでるか? 俺は今日、ちょっと寝不足だ。けどよ、お前が心配で早起きしたぜ。早起きはいつものことなんだけどな。言いたいことはそれだけだ。じゃあな、ゆっくり休んでくれよ)
挨拶を終え、「静謐の間」から去った龍野。
その五分後、シュシュがやって来た。
『おはようございます、お姉様……あっ、こちらでは声は発せないのでしたね』
「静謐の間」の特徴を把握したシュシュは、すぐさま心の中で話すことに決めた(念話ではない)。
(おはようございます、お姉様。ご機嫌いかがでしょうか?
そして、シュシュも「静謐の間」を後にした。
*
それからというもの。
龍野とシュシュは、何故か鉢合わせぬまま二日目から五日目まで、朝晩欠かさずヴァイスの元に挨拶に行っていた。
そして六日目の夜。
龍野はヴァイスの元で挨拶を終えると――
(ん?)
何やら、不審な気配を感じた。
(何だ?)
龍野はガントレットとレガースを纏い――纏ってから――レインボーブリッジでの力を得たいと考えた。
(頼む……どうすればいいのかよくわからねえが、助けてくれ……!)
すると、龍野の視界は光に包まれ……
ガシャリと、音がした。
鎧の装甲同士がぶつかる、硬質な音だ。
(これが……力?)
すると、腕が無意識のうちに上がる。
龍野の右腕は体の真横に上がり、手を広げ……ひとりでに魔法陣が展開した。
(……!?)
少しすると、龍野の手が更に無意識に動く。今度は何かを握る感覚だ。
(!? お、重いな……!)
首を少し動かして右手の先を見ると……そこには、黒い大剣が握られていた。
その直後、目の前に何かが着弾した。
(俺を外したのか、あるいは警告か――)
いずれにせよ、直撃どころかかすりもしなかったので、龍野は誰が攻撃したかを確認する。
そこには――仮面を付けた男や女が、無数にいた。
腕には仕込み刃。そしてその佇まい。
只者ではないと判断した龍野は、「汝の命を示すものよ、汝が主の命を見せよ」と念じた。
(これは……麗華のものと、同じ色……!)
無数の紫色の石が見えた。
(『闇』か……!)
龍野はその直後に現れた無数の憶測に思考を支配されそうになるも、「目の前の敵を
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