第七章四節 ヴァイスの想い(後編)

『残念ながら原因についてはわからないのよね。ただ、とだけは断言するわ』


 龍野は、全然腑に落ちていない。


(けれどこの様子、嘘をついているワケではなさそうだ。問い詰めるだけ無駄だろうな)


 だから、ひとまずこう呟いた。


『わかった』


 “原因不明である事実を理解した”、という点だけ了承しておく。無論口先だけだが。


『それで、一週間だけ会えなくなる、と言ったな……』


 龍野は疑問を潰すため、新たに質問をぶつけることにした。


『ええ、言ったわ』

『率直に言う。意味だけが聞きたい。どういう意味だ?』

『その前に、どうして私がキスをせがんだか、理由から話させてちょうだい』


 自らの質問の仕方に、一瞬内心では戸惑った龍野だが、「こういう話し方が、今のヴァイスにはしっくりくるんだろう」と思い込むことで動揺を打ち消すことに成功した。


『簡潔に言うわ。よ』

『ああ』


 それについては、龍野はもう知っていた。だが、疑問は連鎖していた。


 けどこの調子じゃ、後でヴァイスが答えてくれるだろうな)


 龍野はその答えを待ち構えることにした。


『そして、それが「一週間は会えなくなる」ということなのだけれど……』

(やっぱりな)


『それはね、回復のために……ためよ』


 突然の比喩に、龍野が戸惑う。


(うん……うん? どういうことだ?)


 一瞬パニックになるも、すぐさま思考を整理した。


『ヴァイス……繭に籠るって、どういう……』

『私は魔術の氷に閉じこもって、傷を癒すことにしたの。このままでは時間がかかるからね』

(氷に……? さっぱりイメージできない)


 龍野が混乱していると、それをひっぱたくような言葉が、ヴァイスの口から紡がれた。


『はっきり言えるのは、貴方と一時的な別れを味わうわ。まあ、ほんの一週間だけれど』


『ッ……(そう言われると……やっぱ、俺自身の未熟を味わってしまう。小四の時以来だ……こんな苦い経験ってのは……!)』

『そんな顔をしないで、龍野君』


 龍野は顔に出したつもりはない。けれど、ヴァイスからは顔に内心を出していたように見えたのだ。


『あくまで私自身の望みで、氷に籠るの。貴方が責を感じる必要は無いのよ』


 優しい言葉をかけるヴァイス。


(だが……それでも!)


 それでも龍野は、かつての苦い思いを甦らせてしまった。


『もう……仕方ないわね』

(ヴァイス? 何をするつもりだ?)

『えい』


 ヴァイスは龍野の頭を持ち上げると、強引に唇を奪った。


(……!?)

『これでどうかしら、龍野君?』


 龍野の唇を奪ったまま、念話で語りかけてくる。


『何のつもりだよ……。まだ俺の魔力が欲しいのか?』

『ええ、それもあるわね。けれど龍野君、貴方は不必要なものまで背負う癖……いえ、悪癖あくへきがあるわ』

(悪癖? 悪癖だと?)

『龍野君、表情を隠す術を身に付けたらどうかしら? 顔に不快感が現れてるわよ』

『うっせえ!』


 指摘されて、自身の顔が歪んでいることに気が付いた龍野。

 だが、ことごとく自らの心を見透かしてくるヴァイスに対し、龍野は尊敬と疑問の念を抱いていた。


(ヴァイス。お前はどうして、俺の心を……整然とした机から物を見つけ出すように、素早く確実に、理解できるんだ?

 俺には、さっぱりわからないぜ……)


『ぷはぁっ。やっぱり、魔力は大好きな人から貰うに限るわね』


 ヴァイスが龍野への戒めを解いた。


『終わりか』

『不満? 不満なら、続けるわよ』

『いや、十分だ。つーかこれ以上吸わないでくれ。なんかフラつく(キスによる一時的な酸欠だろうか? 体調が変だ)』

『そうね。私ももう十分な量を貰ったから、これ以上はいいわ』


 ヴァイスも止める意志を見せてくれた。


(助かるぜ……)

『さようなら、龍野君』

『ああ……さようなら、だ』


 ヴァイスは部屋の中心まで歩き、魔術を続けた。

 そして龍野を見ると、両手を胸の前で組んで祈るような姿勢を取り――




 次の瞬間、氷塊がせり上がってヴァイスを包み込んだ。




(……)


 龍野はしばらく、ヴァイスのいる氷塊を眺めていたが……やがて、ゆっくりと呟いた。


『じゃあな。また一週間後に、きっちり会いに来るぜ』


 それだけ言い残して、「静謐の間」を後にした。


     *


「さて、部屋に行くか……そろそろねみいしな」

「待ちなさい!」


 龍野を呼び止める声が聞こえた。

 誰かと思って振り返ると、そこには、シュシュがいた。


「シュシュ……?」

「逃がしませんわよ、兄卑あにひ!」

「何だよ(かなり恐ろしい剣幕だ。迂闊な言動はできねえな……)」

「お姉様と何をなさってましたの?」

「おいおいおいおい、それじゃあまるで俺が変なコトをしたみてえじゃねえか」

のでしょ? 私は騙されないわよ」

「……(話にならねえな。コイツシュシュ、思い込みが強すぎてやんの)」


 俺は無言で早歩きし、シュシュから離れようと――


「逃がしませんわよ、兄卑!」

(やれやれ……少し遊んでやるか)


 あきれた龍野は、シュシュをからかう事に決めた。


     *


 五分後。を切り上げて、俺はシュシュにとっ掴まることにした。


「ついに追いつきましたわよ……!」

「やれやれ、もう逃げられねえな(ゼエゼエいってやがんな、お前。持久力そんなにないだろ)」


 龍野がここで止まったのは、話をつけるためだ。龍野の体力からして、その気になれば、もっと長い時間逃げられる。

 散々振り回したシュシュの様子を窺ってみると――


「それで兄卑? 何をなさってましたのか、そろそろ話してくださらないかしら?」

「あ? ああ、あれか。『静謐の間』で、かなり大事な話をな」

「もっと問い詰めたいですわね。、ですけれど」

「ん?」

「兄卑。兄卑に言っておきたいことがありますの」


 シュシュはわずかに雰囲気を変えた。

 龍野は何があってもいいように、身構えた。

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