第七章二節 ファースト・○○
そう思っていると、ヴァイスが冷静に訂正してきた。
「念のために言っておくわ。私はもう少し魔力が欲しいけれど、あくまでその手段としてキスを所望しただけなんだから」
「いやキスって! 他にも手段はあるだろ!?」
言葉の衝撃が強すぎた。
龍野はハッキリ分かる程に真っ赤になりつつ、ヴァイスに抗議した。
「龍野君。その通りではあるのだけれど、経口摂取が一番いいのよ」
龍野をじっと見つめながら話すヴァイス。
(これは本当のことなんだろう。嘘をついている
龍野はヴァイスの表情を見ると、諦めてヴァイスの願いを聞いた。
「わかったよ……。どのみち摂取しなきゃ、死ぬん……だよ、な」
こればかりは他に方法がない。ヴァイスの救命のためである。
「人工呼吸と同じと思えばいい」、龍野はそう割り切った。
「いいぜ。やってやる」
龍野はヴァイスの顎を軽く持ち上げ、両頬に手を添える。
そしてゆっくり、と互いの唇を触れ合わせた。
ヴァイスの舌が俺の唇を割って侵入してくる。フレンチ(ディープ)キスだ。
(ああそういえば、体液を介して吸収されんだったな。だったら唾液に魔力、乗せといてやる)
龍野は口元(唾液)から魔力が徐々に出るよう、魔力の流れを調節する。
(俺の魔力は十分にある。好きなだけ持っていけ、ヴァイス)
「ん、んん……」
ヴァイスも俺の頬に両手を添え、龍野から魔力入りの唾液を吸い取ろうとしてくる。
(おいおい、そんなに焦るなよ。むせちまうぞ?)
「んんんっ……!」
必死になって、龍野から魔力を吸収している。
(焦るなよ、そうそう無くならねえよ。落ち着け)
「んん…………ぷはぁっ!」
「……ぷはぁ、はぁ、はぁ……(しめて十五秒か。随分と長かったな)」
龍野はヴァイスが唇を放したのを確かめると、心の中で念じた。
(『汝の命を示すものよ、汝が主の命を見せよ』)
そして、ヴァイスの中に眠る青い石が、普段通りの輝きを見せた。
(……よし。ヴァイスの
安堵した龍野は、ヴァイスに尋ねる。
「もう、いいか?」
「ええ。ありがとう、龍野君」
「良かったぜ。それじゃあな、ヴァイス」
龍野はヴァイスに別れを告げ、自室に戻ることにした。
(それにしても……ヴァイスの唇、やっぱり柔らかかったな……。ああ、ファーストキスがヴァイスで良かったぜ……)
ひたすら唇の感触の余韻に浸りつつも、龍野は眠ることに決めたのだった。
*
龍野と唇を重ねていたとき、ヴァイスは内心で、大いにほくそ笑んでいた。
(ふふ……うまくいったわね。
龍野君と唇を重ねられるなんて。
はっきり言うわ。ちょろいわよ、龍野君。
私だからいいようなものの、相手が相手だったら……殺されてるわよ? うふふ……。
それにしても、龍野君……
ゴツゴツした手で私の顔を包み込んでくれて……ああ、嬉しいな……。
けれど、これで魔力は補給できたわね。
だったら、今晩、アレを決行しましょうか……。このまま集中治療室にいても、すぐに回復するとは限らないのだから)
時は進んで、深夜零時。
ヴァイスは目的達成のため、「静謐の間」へと向かうことにした。
(流石に、この時間まで待ったかいがあるわね。皆様全員、寝静まっているわ。
深夜の城内を堂々と歩くなんて、こんな機会は滅多にないわね。できることならもっと楽しみたいのだけれど……体にも限界が迫って来ているから、あまり時間はかけられないわ。
歩き続けて五分、着いたわね。後は部屋の中心に行って、なすべきことをなすだけよ)
ヴァイスは部屋の中心で特大の魔法陣を展開し――
「何やってんだヴァイス!」
「えっ、龍野君!?」
突然の来訪者に、ヴァイスは本気で動揺した。
*
(もう、日付は変わったな。
それでも、ヴァイスとのキスについてばかり考えていたからだろうな……。あー、眠れねえ)
深夜零時、龍野はヴァイスとの熱いキスを思い出し、眠るに眠れなかった。
「しょうがねえな……よっと!」
だったら、体を無理やり使って疲れさせる。覚醒しすぎたのなら、覚醒を解除させればいいだけだ。
城の中を適当にぶらつくことに決めた龍野。
(三十分もすれば、勝手に疲れて眠くなるだろ。まあ、廊下が明るけりゃ、意味はないんだけどさ……)
部屋のロックを解除して、八連のドアから出る。
そのまま城の中をぶらつき始めた。
(…………あれ?)
龍野には、遠目だが、誰かの人影がチラリと見えた。
まさか侵入者とも思えない――というか、思いたくない――が、龍野は念のために正体を見極めることに決めた。
なるべく足音を出さずに動く。床が絨毯を敷いていることも幸いした。人影はまだ、龍野に気づいていない。
(場合によっちゃ、とっちめてやる……!)
人影の様子を遠巻きに
(あれは……「静謐の間」、か……。
あんな所に行っても、
やっぱり俺から近づいて、見るしかない、か……)
龍野は慎重かつ素早く、「静謐の間」まで距離を詰めた。
そして、人影の正体を見た。
(あ、あの青い髪……!)
心当たりは二人。
だが、人影の髪は後ろに長く伸ばしたものだ。
つまり。
「何やってんだヴァイス!」
龍野は我を忘れて、叫んでいた。
(「静謐の間」には入ってないため、聞こえている……はずだ。現にヴァイスは動きを止めたからな)
ヴァイスの動きが止まったのを見て、龍野はゆっくりと近づく。
「安静にしてろよ……」
龍野はヴァイスを連れ戻すために、「静謐の間」に入る。
『いい加減にしないと、連れ戻すぞ』
既に「静謐の間」の効果で、音声を出せなくなっている。代わりに、話した言葉が文字となって浮かび上がった。
『そうもいかないのよ』
ヴァイスからの答えが返ってきた。
『集中治療室では、回復に限界があるわ。私の知り得る中での、最高に効果を発揮する方法を試すのよ』
『だからって……黙って抜け出すなんてよ!』
『見つかったら面倒だもの。今のように、ね』
『うっ……。と、とにかく待てよ!』
『待てないわよ。もうすぐ発動するのだから』
『そうじゃない! さようならの挨拶くらいさせろってんだ!』
『!』
ヴァイスが驚いた様子を見せ、固まる。
(そういえば……念話って、使えるのか?)
ふと思った疑問を解決すべく、龍野は念話でヴァイスに語り掛けた。
『ヴァイス、聞こえるか?』
『ええ、聞こえるわ』
(よかった。ここでも、念話は使えるらしいな)
疑問を解決した龍野は、ヴァイスに、ぽつりと告げた。
『ごめんな。お前を無事に帰せなくて』
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