第七章 氷漬けの姫君

第七章一節 救命の耐久レース

 教官ヴァルカンが猛スピードで飛ばしてくれたおかげで、一時間と少々で成田空港に到着した。


(ヴァイスはまだ息をしている。ひとまずだが、生きてくれている……!)

「龍野、百合華ちゃんを担いで専用機まで運べ! 魔力が無くなる寸前だ、もたもたすると魔力切れを起こして消えちまう死んじまうぞ!」


 親父の最後の言葉に、否が応でもを突き付けられた。


「当然だ、親父。ヴァイスをこんなところで死なせやしない。何としてでも、生き延びさせてやる!」


 龍野は猛ダッシュで出国審査場まで向かう。緊急事態な上、ヴァイスは今すぐヴァレンティアに運ばなければ助からない状態だ。

 係官もそれを察してくれた。迅速に道が開かれる。

 後はひたすら走って、龍野達は専用機に搭乗した。


     *


「お願いします! 今すぐヴァイスを手当てしてください!」


 専属の医師がいてくれた為に、龍野は大いに安堵した。だが、これで終わりでは無い。

 早くヴァレンティア城まで連れて行かなければ、ヴァイスは死ぬ。

 その時、龍野の脳裏に、ヴァイスのある言葉がひらめいた。


『体液……例えば血液とかを介して流し込まれた場合は、『水』の魔術師が魔力を吸収し、回復する……そういう結果になるわね』


 座学で聞いた言葉だ。

 龍野は急いで、医師に要望を告げる。


「すみません、輸血をお願いできますか!?」

「ええ。失血量が多いので、今やろうとしていたところです」

「お願いします!」


 準備は医師に任せる龍野。

 意図している行為は、というものだ。

 龍野はわずか一分半で終わった準備を見て、決意を固めた。


(ヴァイス、今助けてやる――!)


 龍野は近くにあった医療用のビニール手袋を一組|(二つ)失敬し、ヴァイスと繋がった輸血パックを、優しく握った。


「須王卿、何を……!」

(ごめんなさい。ヴァイスの命を繋ぐために手を施してくれて。

 その恩を仇で返すことになってごめんなさい。


 けれどこうしなければ、ヴァイスは死んでしまうんです――!)


 龍野は魔力を輸血パックに込め始めた。


(『汝の命を示すものよ、汝が主の命を見せよ』――!)


 ヴァイスの命の駒ライフ・ピースを見る。魔力切れ寸前ゆえ、その耀きはほとんど消えかかっていた。

 しかし、パック内の血液を介して、龍野の魔力が流れ始める。

 少し経って、耀きが少しだけ増した。ほんのわずかではあれど、龍野の魔力がヴァイスの中に無事に入った証左である。


「須王卿?」


 医師が龍野の意図を掴みかねているようだ。

 龍野はイタいのを承知で、こう答えることにした。


「『ヴァイス……姫様、どうか生き永らえてくださいませ』、というを込めているのです」

「は、はあ……」


 医師はポカンと口を開けている。


(だが、今はこれでいい。いいはずだ)


 龍野は付きっきりで、ヴァイスの看病|(と魔力の補給)をすることに決めた。

 道中、マグカップ三杯ほどコーヒーを飲んだのは余談である。


     *


 十数時間後、龍野達はようやくヴァレンティア城に着いた。


「ヴァイス、しっかりしろ! 城に着いたぞ!」


 今のヴァイスはストレッチャーに乗せられ、顔に呼吸用のマスクを着けられ、目をほとんど開いていない。病人もいいところである――もっとも、傷病者(けが人)ではあるが――。


「ヴァイス!」


 魔力に関しては、龍野が強引に送り込んだものがまだ残存している。

 命の駒ライフ・ピースを見る限り、少なくとも専用機に乗り始めた――魔力切れ寸前だった――状態よりは大分ましな状態だ。


「須王卿、申し訳ありません。

 ここでお待ちを」


 龍野は医療関係者ではなかったため、当然であるが集中治療室前で一度門前払いを食った。

 今はヴァイスが回復するのを待つばかりだった。


「須王龍野」


 その時、龍野は誰かに声をかけられた。

 振り向くと、声の主――エーデルヘルトがいた。


「はっ!」

「ヴァイスの容態はどうだ?」

「予断を許さぬ状況です。ただ、魔力切れが近かったため、できる限りの応急処置は乗り合わせた専属医師と共にいたしました」

「うむ。それについては感謝せねばな」


 龍野は驚愕した。

 まさかエーデルヘルトが感謝の意を示すとは、夢にも思っていなかったからだ。


「その処置が無ければ、ヴァイスはヴァレンティア城ここに着く前に隠れて死んでいただろう」

「はっ」


 龍野は更に、ゾッとした。


(やっぱり俺が、生殺与奪を握っていたということだったのか……!)


 事の重さを認識した龍野は、脂汗をじわじわとかいていた。


「あの様子では、魔力切れはしばらく起こさないだろう。また後で、様子を見るがいい」

「はっ、かしこまりました」

「くれぐれもヴァイスを頼むぞ、須王龍野。ヴァイスが『共にいて最も居心地良く感じる』のは、お前なのだからな」


 龍野は更に重ねて、驚いた。


(まさか、国王陛下から依頼の言葉を受けようとは……!

 けど、しばらく集中治療室には入れねえだろうな。ん、そうだ)


 龍野は集中治療室への出入りを管理している係に、「容態が安定して入ってもいい状態になったら、教えてほしい」と言って、以前借りた部屋で眠りについた。


     *


 翌日の深夜――改め、午前四時。

 集中治療室前に立っていた係が鳴らしたインターホンで、龍野は目覚めさせられた。

 

「さて、行くか……(どうにか六時間は眠れたが、ハッキリ言って体が重い。ヴァイスにまつわる話でなかったら、二度寝していたところだ)」


 龍野は眠気を訴える体を強引に覚醒させ、ヴァイスの元に向かった。


     *


「おはよう。ヴァイス、元気か?」

「おはよう、龍野君。ええ……少しは、ね。おかげで何とか、ここまで回復したわ」

「ほっ……それは良かった」


 本当に良かった、龍野は心底から安堵した。最低限とはいえ、峠は越したからだ。


「ところで……龍野君にお願いしたいことがあるの」

「何だ? 聞くだけなら、何でもいいぜ」


「キス……して頂戴」


「ハァ!?」


 龍野は史上最大級に面食らった。


(ヴァイス……回復して早々、いきなり何を言い出すんだ!?)

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