第六章十二節 黒騎士誕生(東京編その5)

 ヴァイスは豪相手に、彼女自身が認識する限り互角の勝負を演じていた。

 しかし不意に飛んできた無数の矢に、障壁を粉砕されてしまった。間違いなく相性による補正がかかったものである。その証拠に、ヴァイスの障壁はほぼ万全の状態だったのにも関わらず、、一撃で完全に粉砕された。

 その動揺を突かれ、脇腹を裂かれた。動脈すれすれである。

 痛覚に意識を支配されて、回復もままならなかった上に、自然治癒も時間がかかる。

 このままではとどめを刺されるヴァイスがそう思ったとき――


私の騎士様龍野君は、もう一度私を助けてくれた――!)


 私は這いずってでも、貴方を助け、その結果私も助かってみせる。

 細い糸のような希望を掴み、そして手元にたぐり寄せ始めた、そんな気分を抱きながら、ヴァイスは地面を這い進んだ。


     *


「龍野君……? しっかりして……龍野君……!」


 ヴァイスが呼ぶ、そんな悲鳴が、龍野の耳にぼんやりと聞こえる。

 龍野はヴァイスの呼びかけに答えるように、腕を伸ばす。

 伸ばした腕には、ボロボロになったガントレットが見えた。

 そこからキラリと光る、何かがあった。


(これ……そうか、俺が持ってた指輪か……。ヴァイスとの思い出の…………ッ!?)


 その指輪を見た瞬間、龍野の意識は白に染まった――。


     *


 天井に照明が一つ、部屋を白く照らしている。

 その部屋で俺は、“黒騎士”という、を見つけた。


「どうして、浮いているんだ?」


 客観的に見ればマヌケとも捉えられかねない疑問を、龍野は浮かべた。だが、それは頭の中の話だ。

 体は、腕は、“黒騎士”の文字を手に取ろうと、伸びていた。

 そして文字を握りしめた途端、龍野の意識は――今度は黒く――染め上げられた。


     *


 気が付けば龍野は、レインボーブリッジの上に立っていた。


「噓……ッ!? 龍野君!?」


 ヴァイスが何か叫んでいるが、龍野は別のことに気をとられていた。

 それは体が重く、自由に動かないことだ。


 だが、それでも気力を振り絞り、一歩を踏み出す。


 ガシャリという音が響いた。もう一度、今度は反対の足を踏み出す。

 また、ガシャリという音が響いた。もう一度。

 ガシャリ。ガシャリ、ガシャリ。


「何だ、須王龍野……お前は、何だ!?」

「くっ、止めるぞ……弓弦!」


 十何回かこの音が響いたとき、龍野は矢を射られていた。

 けど、ギンッという濁った音とともに、矢は見えなくなっていた。体に矢が刺さった、そんな感触は、龍野は感じていなかった。


(大弓女が動揺している。どうした、俺は避けていないぞ?)


 豪が剣先から炎弾を放つ。かわせない。足から、かわすだけのスピードが出ない。命中した。

 だがそれだけだった。命中した炎弾は、姿を霧散させて消えてしまった。


(炎剣男まで、動揺してる。俺はただ立っているだけだ。なのにどうした、?)


 その時、龍野の頭に言葉が浮かんだ。


(殺す。守る。あいつらを殺す。あいつヴァイスを守る。ヴァイスを傷つけたあいつらを殺す。傷ついたヴァイスを守る)


 龍野は胸の前で、腕を交差させた。


(魔力が全身に満ちる。内側から俺を突き破ろうとしている。体が引き裂かれそうだ。

 俺の視界は真っ赤だ。目が充血してる。血涙が俺の頬を伝う。

 ああ、けど。

 今、俺は、ようやく湧き上がる感情の正体を理解した。


 それは“怒り”だ)


 龍野の怒りが、内包する魔力を暴走させようとしている。


(そうだ。もっと集まれ。限界まで集まれ。俺が解き放ってやる……!)


 龍野は更に、前へ前へと進む。


(キィンだとかバシッだとか、耳障りな音が響いている。あいつらの抵抗だろう。だが知ったことか。

 悪あがきだってことを、今教えてやる――!)


 龍野は集まった全ての魔力を、腕を広げてのけぞることで、辺り一帯に全て放出した。


     *


 龍野が腕をのばしかけ、ばたりと地面に腕を落とした――そう思ったとき。


 龍野は、黒い鎧をまとった騎士となって甦った。


 それはヴァイスが幼い頃、夢にまで見た騎士の姿。どういうわけか龍野は、ヴァイスの夢の生き写しと呼ぶべき騎士になって、ヴァイスを庇っている。


 弓弦が矢を放って、命中した。けれど龍野は何ともない。

 今度は豪が炎弾を放って、命中した。けれどやっぱり、龍野は何ともない。

 龍野が立ち止まった。同時に、ヴァイスの全身の毛が逆立つ感覚を覚える程の魔力が、龍野の周囲に集まり始める。


(まさか――けれどうかつな刺激は加えられない!)


 ヴァイスは黙って事の成り行きを見守るほか無かった。


 そして龍野が、腕を広げた。


(ま、巻き込まれる――!?)


 ヴァイスは既に残り使えるだけの魔力を全て費やし、障壁を形成した。


(どこまで、耐えてくれるの……!?)


 そう思ったと同時に、ヴァイスの意識は光に呑まれた。


     *


 龍野が意識から戻ったとき、レインボーブリッジは跡形も無く消えていた。


「ヴァイスッ!」


 そして満身創痍のヴァイスを抱え、台場側の入り口まで退避していた。

 襲撃者である、豪と弓弦はいない。


(あいつらの姿は見えない……。流石に生きちゃいないか、それとも撤退した、か……)


 龍野の体は鎧に保護され、何ともない。だが、受けたダメージはそのままだ。気力だけでヴァイスを安全な場所まで運んだことになる。


「ヴァイス、もう大丈夫だ。ヴァイス?」

「ん…………龍野、くん……」

「ッ、しゃべるな! 一体、どうすれば――」


 その時。


「ヴァイス、何を――」

「ゲホッ……私は、どうなっても、いいから……。龍野君は、生きて……」

「冗談はやめろ! 俺が生き延びさせてやる!」


 だが、その為の手段が無い。


(何か、何か手があるはずだ……!)


 必死に手段を探す龍野。

 だが、ヴァイスは刻一刻と弱っていた……。


『おう龍野、今レインボーブリッジが消えたな。どうしたんだ?』

『鬼の子、今どこにいる?』

(親父、それに教官――!)


 奇跡は起きた。龍野に、龍範とヴァルカンが念話を掛けてきたのだ。


『二人とも、助けてください……! ヴァイスが、今、瀕死で……!』

『場所はどこだ!』

『レインボーブリッジの、台場側の入り口です! 早く――』


 不意に、キキーッという音が龍野の耳に入った。


「龍野ぁ!」

「鬼の子!」


 龍野にとっては、「待ち人来たる」といった心境だろう。

 大急ぎで、車まで駆け寄った。


「親父、それに教官! 今すぐ成田空港まで!」

「おう、まかしとけ鬼の子!」


 ハンドルを握っているのはヴァルカンだ。

 龍野はヴァイスを後部座席に乗せ、自身も乗る。ドアを閉めたと同時に、ヴァルカンがアクセル全開で成田空港まで向かった。


「頼む、間に合ってくれ……ヴァイス!」


 道中、龍野はひたすら何かに祈っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る