第六章十一節 不幸の連鎖は死への一本道(東京編その4)

「龍野君!?」


 意識は豪に向けつつ、一瞬だけ龍野を見るヴァイス。


(大丈夫、障壁は展開されているわ。ダメージもそこまで大きくないみたい。良かった)


 龍野の無事を確認したヴァイスは、目の前の敵不知火豪を排除するため、意識を集中させた。


「一つお尋ねしたいことがございます。よろしいでしょうか」

「何でしょうか、姫殿下?」


 会話で反応を探ってみたものの、大して動揺した様子は見受けられない。


(けれど表向きは「意味を探る」という素振そぶりを見せておかなくては。それに、心から抱える疑念があるのも、また事実)


 ヴァイスは出来る限り興味を満たそうと、剣を押し込みあいつつも会話を再開した。


「如何なる理由で、弓弦さんに力を貸すのですか?」

「彼女がすると言ったらする、そういうことです」

「それは上下関係というものですか?」

「そういうわけではございませんよ」


 豪の返答と共に、距離が離れた。


(魔力同士の反発力による強制的なものね。

 けどこの程度|(2メートル)では、近接武器|(剣やナイフ)が速い。悠長に魔術は使えないわね。

 ならば――打つ手は!)


 ヴァイスは攻撃に魔力噴射バーストを付与し、一撃の速度を上げる。キィンと、剣のぶつかり合う音が響いた。


(互いに障壁が残るなら、耐久度勝負になるわね。ただ、不確定要素も無視できない。

 弓弦さんの矢による遠距離攻撃。彼女の『空』と私の『水』との相性は最悪。しいて救いを求めるのであれば、一発一発の威力は――障壁にとって、だけれど――あまり大したものではない、ということね)


 再び、キィンという音が鼓膜を震わせる。


(まあ現実的な思案は一度切り上げて、後は龍野君がどれだけ彼女を引き付けられるかに期待しましょ。現状、彼女の狙いは龍野君に絞られているみたいだからね)


 ヴァイスは手数を増やすため、魔力噴射バーストの出力を細かく調節しつつ剣を振るった。


     *


(クソッ、折角登ったのにこの有様か!)


 ヴァイスの見立ては、確かに正解だった。


(けど、何だこりゃ。想像以上の飛行力かつ機動力だ)


 こうしてまごついている間にも、矢は何本も飛来する。

 龍野はときに回避し、時に殴り飛ばしながら、回避のために策を講じる。


(一つ、一度高所ここから降りる。

 これは自由落下中の隙を狙われる可能性があるし、高度的対等|(つまり高低差ゼロ)をフイにしちまう。最終手段だ。

 もう一つ、魔力噴射バーストで強制的に向こうまで移ることだ。

 これは落下して大ダメージを負うリスクがあるが、高度的対等はそのままに、ヤツとの距離を詰められる。

 ッ、一つ気になることが出来た。念話でヴァイスに尋ねるか……)


 更に飛んできた矢を殴り飛ばしてから、龍野はヴァイスへの念話を始める。


『ヴァイス、一つ質問がある』

『何かしら?』

『障壁なんだが……その、高い所から落ちたときにも、展開されるのか?』

『ええ。高さにもよるけれど、数千メートル単位じゃなければ、大抵耐えるわ。勿論、全力全開で展開したときに限るのだけれど……』

『それがわかれば十分だ、ありがとう』


 龍野は念話を打ち切る。

 その直後に飛んできた矢を殴り飛ばし、深呼吸して覚悟を決める。


(いちか、ばちか……!)


 足場からジャンプすると同時に魔力噴射バーストを発動。出力全開で吹かし、飛行に専念する。


(細かな移動は慣れてからでいい。今はひとまず、飛べれば――!)

「自ら的になるとはな!」


 弓弦から怒号が飛ぶ。


(だろうな。けど、知ったことか。

 今できるのは、アクセルを限界まで踏むことだ。ブレーキなんて後でいい……!)


 龍野は弓弦の真横を高速で通り過ぎた。


「ッ!(ぐっ、慣性キツいぜ……!)」

(なんのつもりだ、)


 直後大きく右旋回し、もう一度トライする。今度はきっちり殴り飛ばすつもりで。

 だが立て直しが早かったのは弓弦だ。龍野は現状、的に過ぎない。

 しかし、弓弦はまだ弓を引ききっていない。どちらの攻撃が速いかの競争である。


(俺が先だ――)


 旋回終了地点で弓弦の正面を向いていれば、龍野は加速してから一気に攻撃できる。だが慣性や特性上、タイミングをずらせば不発に終わって矢を放たれる。そうなったら龍野はは、無駄に障壁の耐久を削るだけである。どう考えても丸損だ。


(一発勝負だ――)


 龍野はタイミングを見計らう。


(早過ぎる。早い。もう少し――今だ!)


 龍野はここぞというタイミングで、拳を全力で振りぬいた。


「はあああああああああっ!」


 タイミングはバッチリだ。龍野は直線状に急加速し、弓弦の土手っ腹を思い切り殴り飛ばした。


「ぐふっ……!」

(よし、手応え十分……あれ? 障壁の砕ける音が響かない?)


 直後、違和感を覚える龍野の耳に、響く。


「っ……!」


 

 距離を再び取る状態の龍野は、嫌な予感を抱えつつもヴァイスと豪の方角を見る。




 




(どういう、ことだ――!?)


 龍野の心は、音を立てて震えていた。


(まさか。まさか、まさか――!

 ?)


 そんな最悪の仮説が、龍野を襲う。


(ダメだ。そんなことを考えたらダメなのに……!)


 どうあっても、悪い予感は龍野の頭を占領する。その時。


「きゃぁああああああっ!?」


 ヴァイスの悲鳴が聞こえた。聞こえてしまった。

 その悲鳴でどうにか取り戻した冷静さを限界まで回して、ヴァイスを見た龍野は――




 ヴァイスは炎剣と無数の矢に苛まれ、ろくに治癒できないほどの重傷を負っていた。



「ヴァイスッ!」


 龍野は矢も楯もたまらず、ヴァイスを庇うように飛び出した。


(間に合った――!)


 そう安堵した直後、無数の矢に障壁を砕かれ、そして炎剣に体を刺し貫かれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る