第六章九節 敵対者の予感有り(東京編その2)

 デックス東京ビーチでショッピング気分を味わい(結果的ではあるが、何も買っていないため)、ダイバーシティ東京に向かう二人。

 道中、思わず声を上げたくなるものを発見した。


「おおっ」

「龍野君、あのロボットは何?」

「日本で有名な作品に出るロボだよ。俺の知る限り、ああやって飾られるのはあれが二代目だ」

「凄いわね……流石は日本」

「ヴァレンティアでこういう文化を採用しないか?」

「まずは真似させてもらうわね。うふふ」

「それより、中に入らないか?」

「ええ」


 龍野達は談笑しつつ、ダイバーシティ東京に入った。


(……ん?

 気のせいだろうか? チリリと刺すような気配が……)


 だが辺りを見回しても特に怪しい様子は無かったので、龍野は警戒しつつも一度忘れることにした。


     *


 しばらく中を物色していたが、食事以外は結局何も買わなかったヴァイス。

 だが、「近くの観覧車に、二人で乗りたい」と言ったので、龍野は喜んで応じることにした。

 チケットを二枚買って、観覧車に乗ろうとする。

 すると係員から、記念写真撮影を勧められてきた。


「俺はいいぜ。どうする?」

「お願いします」

「はい、わかりました」


 龍野達は支度を整え、写真を撮られる準備を終える。


「ではいきます! 三、二、一……」


 パチリと音がする。


「もう一枚いきます!」


 今度はピースサイン。再び、パチリと音がする。


「ありがとうございました!」


 記念撮影が終わった。


(それじゃ、今度こそ乗るわけだな)


 龍野はヴァイスを先に乗せ、そして急いで、続けて乗った。


     *


「いい眺めね……心のわだかまりが取れた気分だわ」

「そうだな」


 観覧車が頂上付近まで進んだ。


(確かにこの眺めは、絶景だ……。普段見る大自然の美しさとはまた違う、都会のビル群。そしてそんな無機質な建物とは対照的な、東京港)


 この景色は、妙に心に響く。


「!」


 そのとき龍野は、殺気を感じた。

 反射的に殺気の発せられた方向を向くと、何かが高速で近くをかすめた。

 外したのだろうか、外れたのだろうか。とにかく二人の乗るゴンドラは無事だ。


『警告か挑発のつもりでしょうね』


 ヴァイスが念話で龍野に伝えてきた。

 迂闊な会話で、二人の正体を無関係な人間に悟らせない意図だろう。現に二人の乗ってる前後のゴンドラには、数人の一般人が乗っていた。


『「かかってこい」、そう言いたいんでしょう。龍野君、見えるかしら?』

『見えるぜ。あの大弓女が、はっきりとな。この調子じゃ、炎剣男も近くにいるんじゃねえか?』

『「空」と「炎」ね』

『ああ、あいつらは二人して俺と麗華を襲撃したからな』

『それにこの高さにしてこの距離ですもの、逃げる選択肢は無いも同然ね』


 幸い今の離れを終えてから、特に攻撃や予備動作は見えない。「降りてから決着を付けようぜ」ということだろう。


(おっと……俺の読みが当たった。やっぱりいやがったか炎剣男!)


 建物の陰から出て、男が制服姿の女と合流する。

 一旦撤退する素振そぶりを見せるが、恐らく二人が降りた瞬間かその後に仕掛ける算段だ。


(しかし……こんな街中で戦闘したら、目撃者が大勢出て、タダじゃ済まないんじゃないのか?)


 龍野は襲撃場所への疑念を抱えつつ、男と女が消えたダイバーシティ東京の屋上を見据えた。


     *


 七分後。

 二人がゴンドラから降りると、スタッフさんが「お連れ様と仰る方が、貴方達にこれを、と……」と言ってメモ書きを渡してきた。


「見せてちょうだい」

「見せろ」


 二人して内容に目を通す。

 メモには「十八時にレインボーブリッジに来い。戦いの手はずは整えた」と書いてある。

 今は十七時二十分。徒歩で行くとすれば、今から動くべきだ。


「行くぜ」

「ええ。民間人に何かすれば、もう一度尋問会を開催して介入を止めるわ」

「わかった(察してくれてありがとよ、ヴァイス)」


 二人は覚悟を決め、レインボーブリッジに向かった。


     *


「ここでいいのか?」


 台場側のレインボーブリッジに到着した二人。

 時刻は十七時五十五分。

 すると龍野は殺気を感じ、橋の南側遊歩道に立つ二人組を見上げた。


 そこには、大弓を射の姿勢|(矢を放つ寸前の状態)で保持する制服姿の女と、彼女のかたわらに控える男がいた。


 紛れもなく、美矢空みやぞら弓弦ゆづる不知火しらぬいごうであった。


「よお! 今度こそ『決着付けよう』ってか、お前等!?」


 龍野が怒鳴る。

 腹の底から怒鳴った声は、百メートルの距離かつ車の走行音の悪条件すら乗り越え、二人に届いた。


(ふう、スッキリしたぜ)


 龍野は聞きたいことを聞いたのだろう、内心の落ち着きを取り戻した。

 と同時に、弓弦と豪から念話が届いた。


『ああその通りだ須王龍野! 私達の弓を侮辱した須王の息子、容赦はしない!』

『悪いな、そして久しぶりだな。今度はヴァレンティア王国のお姫様も一緒か』

(挑発のつもりか、あの炎剣男……)


 龍野は僅かに眉をひそめつつ、豪に念話を返した。


『その通りだよ、あいつも戦うつもりさ』


 ヴァイスも遅れて、二人に念話を伝える。


『お初にお目にかかります、わたくしはヴァイスシルト・リリア・ヴァレンティアと申します。あなた方に恨みはございませんが、わたくしや龍野君に危害を加えるつもりであれば、自衛権の行使の躊躇ちゅうちょは致しませんわ』


 それを受けた豪は、飄々ひょうひょうと返した。


わたくしは不知火豪、隣に立ちますのは美矢空弓弦と申します。お目にかかれて光栄でございます、姫殿下。しかし我々の須王龍野を襲撃する意思に、変わりはございません。姫殿下こそ、我々を邪魔立てなさることがございましたら、容赦は致しませんゆえ』

『ではわたくしは、あなた方を完全な敵対関係と見なし、攻撃させていただきます』

『ええ、構いません。


 ヴァイスは豪の言葉に、龍野は周辺環境に違和感を覚え、辺りを目線だけで見回した。


 どういうわけか、


『ちょっと封鎖を依頼したら、こんなもんですよ。聞こえてるか須王龍野?』

「ヴァイス、どういうことだ?」


 龍野は小声でヴァイスに問う。


「『魔術師の弟子部隊』の仕業だわ」

「『魔術師の弟子部隊』?」

「全ての魔術師が使える、使い捨ての部隊よ。魔術師や非魔術師が混在した、各種の実働部隊ね。もっとも、私達戦争参加者は使えないのだけれど……」

『相談はそろそろ終わりにして頂きたい、姫殿下。貴女が我々と敵対する以上、もはや容赦は無用です』


 豪の念話を終えた後に、弓弦の矢が飛んで来た。

 それが開戦の合図となった。

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