第六章八節 傍目にゃデート、当人たちにゃ散歩(東京編その1)

「日本も久しぶりね」

「そうだな」


 機内で私服に着替え、“お忍び”の準備を整えた二人。

 龍野は日本に着くや否や、龍範に念話を掛けた。


『もしもし、親父?』

『龍野! お前、一週間ちょいもどうしてたんだ!』

『事情があって、念話も何もできねえ状況にあったんだ。ヴァイスも近くにいる。今から家に行ってもいいか?』

『ああ。詳しい話は、家で聞かせてくれ』

『あいよ。じゃあな』


 念話を終え、龍野達は駅へと向かった。


(ッ……よし、あるな。落とせねえものだしな、これ)


 道中、パンパンとポケットを叩き、”ある物”がちゃんとあるかを確かめたのであった。


     *


 それから一時間後。


「ただいまー」

「お邪魔します」

「お帰り龍野、いらっしゃい百合華ちゃん。早速だ、二人ともうがい手洗いの後に話を聞かせてくれ。幸い今は、俺の他には誰もいねえからよ」

「ご配慮感謝します、お父様」

「いやいや、全員学校だからよ。紗耶香も買い物に行ってて、今から三時間くらいは帰ってこねえ」

「わかりました」

 龍野とヴァイスは手早くうがい手洗いを済ませた。


「さて、簡単な茶菓しかえが」

「いえ、お気になさらず」

「そうだぜ。ヴァイスはもう、気の置けない仲だろうがよ、親父」

「ハハハ、それもそうだな龍野」


 たわいのない話を続ける龍野と龍範。


「それで、そろそろ一週間ちょいも失踪した理由を教えてくれや」


 その言葉と同時に、龍範の雰囲気が真剣なものに変わった。


「それについては、私から説明いたします」


 ヴァイスが前置きし、呼吸を整える。


(こういう話は、元々ヴァイスの領分だ。俺は必要とされるまで黙っておくか)

「先週、『闇』がそちら(『土』)の本拠地を襲撃したのを覚えていらっしゃいますか?」

「ああ、はっきり覚えてるぜ」

「その襲撃を凌ぎきった直後、龍野君が倒れたのも覚えていらっしゃいますか」

「ああ。それからだ、龍野の姿どころか声すら聞かなくなったのは」

「私が秘密裏にセーフハウスに連れて行ったからでございます。ご存知でしょうか、セーフハウスを」

「ああ。いわゆる隠れ家、ってやつだろ」

「詳細情報は明かせませんが、それにより龍野君との交信が断たれてしまった、ということになります」

「原因はわかった。今はそれだけで十分だ、少なくとも原因不明の失踪じゃない、この事実がわかればな」

「お父様」

「何だ?」


 ヴァイスが頭を下げる。


「結果的に原因を作ったのは私です。謝罪させてくださいませ」

「要らねえよ。百合華ちゃんは俺に、龍野に起きた事を説明してくれた。だから謝罪は不要だ」

「わかりました」


 ヴァイスは下げた頭を再び上げた。


「ところで、こうして日本に来てくれたんだ。言われなくてもやるかもしれねえが、東京とか観光したらどうだ?」

「もともとそのつもりだよ、親父」

「こら、龍野君。そんなぞんざいに答えちゃ……」

「いいっていいって、百合華ちゃん。反抗期の息子を見てると、『成長したなあ』ってしみじみ思えるからよ」

「は、はあ……」

「いずれ子供を持ちゃ、わかるだろうぜ? 龍野との子供を持ちゃ、よ」

「ま、まあ……」


 ヴァイスの顔が、みるみるうちに真っ赤に染まっていく。


(親父、そうやってお袋を口説いたんだろうか……。いや違う。セクハラだろ、それ!)

「それじゃ、聞くもんも聞いたんで、俺はこれで失礼するぜ」

「ありがとうございました、お父様」

「あいよ、百合華ちゃん」


 そう言って、龍範は自室に籠りに行った。


「さて、それじゃあ東京に行こうぜ、ヴァイス」

「ええ。エスコートをお願いね、龍野君」

 ヴァイスが左腕にしがみついてくる。や、やべえ、当たってるじゃねぇか……。


 龍野はどぎまぎしながら、ヴァイスはワクワクしながら家の外に出た。


     *


「新橋~、新橋です」


 手持ちの現金をありったけ財布に詰め、龍野達が行こうと決めた場所は、お台場である。

 ただし、しばしの寄り道を挟んで。


「さて、降りるぜ」

「わかったわ」

「ちょっと俗っぽい言葉遣いで頼む」

「ごめんなさい、苦手なの」


 軽口を叩き合いつつ、新橋駅で降りた。


「ヴァイス、歩くぜ」

「わかったわ。慣れっこだから、私をあまり気にしないでちょうだい」


 新橋から汐留に行くための連絡通路まで向かう。


「いい眺めね」


 ヴァイスがふと呟いた言葉に、龍野は乗ることにした。


「ああ。いい眺めさ」

「日本や日本人が羨ましいわ。こんな近未来的な雰囲気を味わえるなんて」

「お前も日本人だろ」

「“元”だけれどね」


 そうしている間に、最初の目的地に到着した。


「近未来的な雰囲気がどんなもんか、ここに立ち寄って見てみな」


 そこは、東京汐留ビルディング。

 低階層や地下階層しか行くことはできないが、龍野が個人的に興味のあった場所である。


「それじゃあ、行くぜ(ヴァイスがどれほど興味をそそられるかは不安だが、所詮は寄り道。ハナから興味を引かれてもらいたいとは思っていない。それにこれは前哨戦みてえなもんだしな)」

「ええ」


     *


 一時間半後。

 思ったよりコスメ用品で粘ったヴァイスであったが、結局は何も買わなかった。

 ヴァイスには化粧品に対する興味はあっても、実際に使うかどうかは別問題である。


「それじゃ、ゆりかもめ乗るか」

「ええ」


 龍野達は汐留駅で切符を買い、タイミングよく到着したゆりかもめに乗った。

 そしてお台場海浜公園駅で降り、お台場を見て回ることに決めた。

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