第六章七節 尋問会開催(後編)
「須王龍野。貴公、体調はもう万全なのか?」
円卓に戻って早々、エーデルヘルトからの確認の質問が来た。
「ええ、何とか持ち直しました」
「そうか。では会の進行に支障は無いものとする。『闇』の崇城麗華よ、須王龍野の発言に間違いは無いか?」
「ございません」
率直に、かつ簡潔に答える麗華。
周辺の状況に変化は無い。嘘じゃないな。
「お姉様?」
シュシュが小声で疑問符を浮かべる。
(どういうことだ、シュシュ? おっと、そういう事か)
龍野は後ろを見ると、人差し指を立てる(ヴァレンティアにおいて手を高々と挙げるのは、「ハイル・ヒトラー」を連想させるために禁じられている。そのため、挙手の代替手段としてこの方法が取られている)ヴァイスがいた。
そのこと自体が、日本における挙手を意味するのは、龍野は小さい頃に聞いた話で知っていた。問題はそこではない。
「異議を申し立てます」
「構わぬ」
エーデルヘルトの許しを受け、ヴァイスが発言を続ける。
「今の彼女の発言には、不足部分が見受けられます」
「どのような点が不足しているというのだ?」
「現場には、ナイフが落ちていました。
「崇城麗華との因果関係は何だというのだ?」
陛下の質問で、話に水を差される。
「ッ……」
ヴァイスが言葉に詰まっていた。
当然と言えば当然だ。ヴァイスは最終的に龍野を救出するために現場に来たが、龍野ほど詳細な状況を把握しているわけではない。
かと言って龍野が話せば、ほぼ確実にさっきの“黙らされる”反応が来るオチだ。
もう既に、八方塞がり――
「現物が無い以上具体的な立証は不可能ですが、私がそのナイフを見た瞬間、記憶が飛びました」
突然の、麗華の発言。
だがそれは、この場を――特に、龍野を――驚愕させるものであった。
(な、んだと……?
麗華……お前、わざわざ自身に不利なことを証言したのか?)
「……」
驚愕しつつもヴァイスを見ると、龍野同様に信じられないといった表情を浮かべ、麗華を見つめている。
(どうしてだ……? お前は俺達と敵対するはず……どうして、俺達を助けるような発言を?
いや、「俺がいれば、そんな証言をする確率が上がるかも」とは言ったさ。だが……いざこんな状況に直面してみると)
やはり、麗華が自身に不利な発言をした事を信じることはできない龍野。
会場に何ら変化はない。真実であることの証明だろう。当事者である龍野からすれば、「当然だ」と言いたくなるものではあったが。
「そこからの私の行動を制御できなかった結果、民間人九人の殺傷という結果に繋がった――結果的とはいえ、加害者当人となった私自身は、そのように認識しております」
『彼女の言葉……全て真実みたいね』
念話でヴァイスが呼び掛けてきた。
『そうみたいだな、場に何の変化も無い。ところでヴァイス、もし嘘があったらどうなるんだ?』
『拷問と言って差し支えない痛覚を、各種手段で強制的に与えられるわね。けれど、さっきの龍野君の倒れた原因とは別よ』
『わかった、ありがとう。一体どうなっちまうんだ?』
だが、龍野は傍観者にならざるを得なかった。
(クソッ……!)
龍野が沈黙している間にも、証言は着々と進んでいる。そして、最後の言葉が、麗華から語られた。
「――相応の処分を願います。これで私の発言を終わらせていただきます」
「ご苦労」
麗華は発言を終え、居住まいを正した。
かと思いきや、龍野達を
「では、評決を取る」
陛下のその言葉で、場の雰囲気が一気に引き締まった。
「評決……崇城麗華を、今戦争の参加者より除外する!」
その評決を聞いた麗華の雰囲気が、一瞬柔らかなものになった。
そして陛下はガンッと木槌(くどいようだが、ガベルである)を鳴らし、宣告を終えた。
「それでは、これにて尋問会を終了する!」
*
「お疲れ様、龍野君」
「ああ、お疲れさん。依頼された仕事は何とかこなしたぜ」
「ええ、十分すぎる証拠よ。それにしても、妙ね……」
「ああ、妙だな」
龍野達は麗華の、妙に素直すぎる証言を受け取った。
確かに、話す言葉は全て真実でなければならないし、イエスやノーで答える質問には必ず答える必要がある。
だが麗華の場合は、そのどちらでもない。
質問されていないにも関わらず、わざわざ話す必要の無いことまで話した。
これに関しては不可解だ。
そして評決を聞いたときの麗華の雰囲気。
表情は見えなかったが、そう……例えば死刑や無期懲役を宣告された人間の纏う雰囲気とは、流石にかけ離れてすぎていた。
(もしや……あいつは、俺達との戦いを避けようとしているのか?)
そんな憶測ともいえる疑問を抱えながら、龍野達は来たときの車に乗った。
帰りもやはりアイマスクをかけられ、視界が真っ暗になった龍野は、一度思考の整理のために眠りに落ちることにした。
*
「着いたわよ、龍野君。起きて、龍野君」
「ん……」
ヴァイスに優しく揺り起こされ、龍野は車の外に出る。
「なっ!?」
降りて早々、信じられない人物を目にした。
「陛下……!」
龍野の言葉に反応したヴァイスがすぐさまエーデルヘルトの正面を向き、居住まいを正す。
「お父様……!」
「二人とも、そう固くなる必要はない。須王龍野、
『龍野君、「感謝の極みでございます」』
「感謝の極みでございます」
助かるぜ、ヴァイス。正直、何て返事をすればいいか全くわからなかった。
「気分転換とでも言おうか……ヴァイスと二人で、日本にでも
「そ、それは……」
「だが念のために言っておくぞ。鞘無き剣は危うい。力は不必要なときには抑制されるべきものだ。意味はわかるな?」
「は、はい!」
複雑な事を言っているが、要するにエーデルヘルトの言い分は「あくまでお前のお目付け役をヴァイスに任せるだけであって、お前らの交際を認めたワケじゃねえぞこの野郎」ということである。
「既に飛行機も用意してある。ベルリン・テーゲル空港まで行けば、容易く通してもらえるだろう」
「ありがとうございます、陛下!」
「ありがとうございます、お父様!」
「私の出来る慰労はこのくらいしかないのでな。では、後は二人に任せた」
陛下の姿が見えなくなるまでの間、龍野達は頭を下げっぱなしでいた。
二人は車に乗ると、すぐさまベルリン・テーゲル空港に行き、飛行機に乗った。
日本に着くまでの間、龍野は機内にいた時間の大半を眠って過ごしたのであった……。
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