第六章六節 尋問会開催(中編)

 エーデルヘルトのその宣言で、尋問会が始まる。会場の雰囲気は、さっき以上にピリピリしていた。


(殺気じみた気配に全身を射抜かれる気分だ、たまったもんじゃねえ)


 厳粛な場には不慣れな龍野が、心中で不満を漏らす。

 だがエーデルヘルトは構わず、会を進めた。


「さて、まずは訴状を申し立てた、『水』のヴァイスシルト・リリア・ヴァレンティアから伺うとしよう。貴公はいかなる理由にて、訴状を申し立てたのだ?」

「はい。わたくしは、今中央にいる『闇』の崇城麗華の協定違反である民間人虐殺を糾弾し、しかるべき処分を与えることを乞うため、訴状を申し立てました」

「その証拠はあるのか?」

「証拠ではありませんが、証人でしたらおります。私の隣席の須王龍野です。彼の発言を、真偽を判定する魔術に掛け真実であることが証明されましたら、認めていただきたく存じます。ただそれだけでは証拠として弱いでしょうから、今回列席されておられます、『雷』の方の協力も、同時に要請するものでございます」

「承知した。その方、協力頼むぞ」


 『雷』の魔術師と思しき男性が、頷いて返事をする。だが、獅子季ししき愛児あいじではない。


「それでは、須王龍野。発言を許可する。貴公の見聞きしたままをそのまま話すがよい」

「はい。それでは……」


 龍野は高校の屋上で経験したことをそのまま話した。

 九人の生徒を殺傷したこと。龍野と麗華アイツが直接対峙したこと。

 そして「ナイフさえ手にしなければ……」という麗華の発言と、その直前に謎の少女に出会ったことを話そうとしたとき――強烈な違和感に襲われた。


「あぐっ……!?」

「どうしたの龍野君ッ!」

「どうしたのだ! 証人が回復するまで一時中断する!」


 ヴァイスとエーデルヘルトが、龍野の体調不良を察してくれたようだ。


(助かる……)


 具体的にはめまいと吐き気だ。どういうわけか龍野は、少女の事を話そうとする直前に、襲われた。


 龍野は昨日と今日で、八時間程度の十分な睡眠を取っている。

 にもかかわらず、急激に表れた症状に見舞われた。思い当たることや前兆など、さっぱりないにも関わらず、だ。


「どきなさい!」


 女性の声が響いた。


(ヴァイスのではないが……)


 龍野がそう思っていると、不快感が徐々に取り除かれていった。


「これでしばらくは大丈夫のはずよ」


 龍野はこっそり、彼女の命の駒ライフ・ピースを見る。緑色。『草』だ。


(そりゃあ回復術も得意だろうな)


 龍野は呑気に思う。余裕を取り戻した現れだ。

 体調も回復し、エーデルヘルトから許可が下りた。龍野は再び少女のことを話そうとし――


「が……っ!」


 今度こそ、龍野は意識を失った。


     *


 しばらくして、龍野はベッドの上にいた。


「起きたかしら?」

「ヴァ……ヴァイス?」

「ひとまず大丈夫みたいね。それよりどうして倒れたのか、理由を教えてちょうだい」

「ああ……わかった。それより、尋問会は中断されたのか?」

「ええ」

「わかった、ありがとう。だが、十秒だけ思考を整理したい」

「いくらでもどうぞ」


 ヴァイスの承諾を得た龍野は、少しずつ思考を整理し始める。


(まずは俺の身に起きたことをまとめよう。

 俺は謎の少女について話そうとしたら、一回目は急激な体調不良を起こし、二回目は気絶した。


 このことから、「」という仮説が立てられる。


 しかもそれは、仮説に基づいた行動のを二度体験してほぼ事実だとわかった以上、謎の少女について直接話すわけにはいかない。

 事実を伏せざるを得ない状況だな)


 それを踏まえ、龍野は慎重に言葉を紡ぐことにした。次失敗すれば――謎の少女について話そうとすれば――、魔術師である龍野でもどうなるか見当がつかないことになるかもしれないのだから。


「ヴァイス、俺は喋る言葉にロックを掛けられてる」

「どういうことかしら?」

「ある特定の内容について話そうとすると、俺の体調や意識をダメにされて、無理やり黙らされるらしいんだ」

「意味がわからないわ。貴方に異変が起きた以上、単なる作り話とは思えないけれど」


 そりゃあ当然だ。信用してなどもらえない。

 唯一救いがあるのは、龍野の身に起きた異変を承知してくれていることだけだ。


「俺が『闇』と……崇城麗華と初めて戦う直前に起きた出来事がある」

「どういうことかしら?」

「それが言えないんだ。言ったらさっきのようなことが起きる。現に俺は二度味わった」

「わかったわ。納得はできないけど、一応の理解はできた。その出来事に少しでも触れれば、黙らされるのね」

「わかってくれて助かるぜ。そういうこった」

「それじゃあ、彼女に直接問いたださなければね」

「待て待て、あんなことをする女が、素直に事実を話すと思うか?」

「一度やってみて、結果を見てから次の手段を考えるわ。幸い、規則に『“はい”か“いいえ”で答える質問に、拒否(答えたくないという意思表示)や沈黙は認めないものとする』というものがあるから、うまく使って話させるわ」

「わかった、それについてはお前に任せる」

「いいわ。龍野君は休んでて」

「ダメだ。崇城麗華は俺に興味を持ってる。俺がいれば、話を引き出しやすくできるかもしれねえ」

「やっぱり頑固ね」

「何か言ったか?」

「いいえ。龍野君が望むなら、引き続き会に出てもらうわ。お願いね」

「おうよ。幸いすぐ治るみてえだ、迂闊な話さえしなければ大丈夫らしい」


 だが、尋問会この場を脱したとしても、しばらく謎の少女についての話はできそうに無い。

 龍野は真実を告げる機会を得たのにも関わらず、話すことのできない状況に歯噛みした。


「それじゃあ、龍野君。戻るわよ」

「おう」


 ベッドから下りて身だしなみを整えると、龍野達は再び円卓へと戻った。

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