第六章五節 尋問会開催(前編)

「龍野君、着いたわよ。ほら、アイマスクを外してちょうだい」

「ん……」


 龍野達は、廃墟と言って差し支えない建物の前に来ていた。


「こんなところが、会場なのか?」

「ついてきなさい」


 いつになく真剣な表情のヴァイスに案内され、後に続く。

 やがて、奥の階段の前に来た。ヴァイスは無言で階段を下りる。カツン、カツンという足音が響いた。

 龍野もすぐに階段を下りる。


(しかし、この階段……長いな。一体どこまで続くんだ? 地上から差し込む光が、ほとんど見えなくなる。二百段以上はあろうかという階段を下り続けるも、それでもヴァイスは階段を下り続けている。

 ああ、こりゃあ帰りが大変だ)


 龍野は吞気にそう思っていると、ヴァイスの靴音が変わった。ようやく階段を下りきったところだ。

 龍野も続けて、階段を下りきる。ヴァイスは龍野をちらりと見ると、これまた長い直線状の廊下を歩くことになった。


(およそ500メートルくらいだろうな。

 というか、今更なんだが……慣れてんのか、ヴァイス? いやにスムーズに歩いてやがる。だがヴァイスは、俺に目もくれない。

 かと言って歩くのを止めると、いつでも振り向いて確認できそうな態勢である気配が、ジワジワとにじみ出ている。多分聴覚で俺がちゃんと後をついて来ているか、察知しているんだろう。

 こりゃあついていくしかねえな)


 龍野は覚悟を決めるため、次の一歩を痛みが返るくらい強く踏み出した。


     *


「着いたわ。ここよ」


 やがて歩みを止めたヴァイスは、明らかに雰囲気の合わない木製の大きな、それも高級そうな扉を指す。


「『水』が一人、ヴァイスシルト・リリア・ヴァレンティア、証人である『土』の須王龍野を連れて参りました!」


 扉に向かって、唐突に大声で呼ばわるヴァイス。


(何やってんだ?)


 龍野には、ヴァイスの突然の行動の意図が理解出来なかった。

 だが数秒間の沈黙の後、扉はギィイと音を立て、ゆっくりと開く。


「行くわよ、龍野君」

「おう」


 二人は小声でやり取りして、扉の先へと進んだ。


     *


 中には、特大のドーナツ状の円卓があった。

 俺達を含めて、ざっと百人以上の人間が顔を突き合わせている。


「『汝の命を示すものよ、汝が主の命を見せよ』!」


 俺はふと姿を見せた好奇心に突き動かされ、『命の駒ライフ・ピース』を見る。

 すると、奇妙な、それでいて幻想的な光景が目に浮かんだ。

 無数の光が目に浮かんだ。

 その内の半数程度は、はっきりした美しい青色。『水』だろう。

 そしてこれまた半数弱の面々は、ゾッとするような紫色。『闇』だ。

 後は赤色、橙色、黄色、緑色や水色といった駒がちらほら。おそらく、七つの属性から人員を全て集めているのだろう。


「龍野君、座りなさい」


 そう促され、恐る恐る「失礼します」と呟き、椅子を引いて座る。

 程なくして、ヴァイスも隣に座った。


『おい、何で隣の席なんだ?』


 疑問に思った龍野は、念話でヴァイスに問いただす。


『証人を案内する者として、隣席であることは不可欠だからよ。悪いけれど、手綱を握らせてもらうわ』

『俺は馬かよ』

『どちらかと言えば走狗そうくね。それよりも、右隣の席を見なさい』

『はいよ……ああっ!?』


 チラリと見た先には、見覚えのある姿があった。


「おい!」


 龍野は念話があることなど無視して、大声で呼びつける。

 周りの人達が一斉に龍野を見るが、気にも留めない。ヴァイスが動く気配がしたが、それすら無視して隣席の人物の顔を見る。


 そこには、シュシュがいた。


「やっぱりお前か! その青いツインテール!」

「いきなり何の態度? それよりも失礼よ、兄卑」

「あっ……」

「まったく……こんな不出来な男の後始末を押し付けられるなんて、可哀想なお姉様」


 シュシュの言葉と目線で合図され、後ろを見ると、今まさに頭を下げるヴァイスの姿があった。


『すまん……ヴァイス』

『いいわ、これくらいは何でもない。けど、これだけは覚えて。「従者の不始末は、あるじが責を負う」ということをね』

『わかった……本当に申し訳ねえ』


 ヴァイスが謝罪を終え、着席する。龍野は心の中に不快な熱を感じた。

 それでもヴァイスはこれ以上龍野を咎めず、無言で着席し、すました顔で姿勢正しく座っていた。

 そのとき、カン、と木槌|(正確にはガベル。最早裁判である)を叩く音が響いた。


「静粛に!」


 聞き覚えのある声が響く。

 目線だけで声の主を捉えると、そこには――エーデルヘルトがいた。


「これより、尋問会を開催する。その前に、だ。今回訴状を申し立てたのは、『水』のヴァイスシルト・リリア・ヴァレンティアである。間違いないな?」


 陛下がヴァイスを見据える。ヴァイスもまた同様に陛下を見据え、力強く「はい」と宣言した。


「それでは、訴状を申し立てられた『闇』の崇城たかぎ麗華れいかを召喚する。参れ!」


 その言葉と同時に、円卓の中央の床が開いた。完全に開ききったと同時に、ウィーンというモーター音が聞こえてくる。

 強制的にせり上げられた人物――崇城麗華が、その姿を少しずつ見せ始めた。

 外見を見る限り、特に変化は見当たらない。だが、シャリ、という別の金属音が、駆動音に紛れて聞こえた。


『ヴァイス、あいつ手錠か何か掛けられてるのか?』

『ええ。尋問会において、訴状を申し立てられた人物は拘束されるわ。大原則よ』


 俺達の念話をよそに、陛下が麗華に問いかける。


「問おう。そなたは『闇』の崇城麗華で間違いないな?」

「はい。間違いありません」


 麗華は怯えるでもなく、力強く答えた。あいつ……肝が据わってやがる。

 視線を陛下に戻すと、呼吸を整える陛下。いよいよ、か。


「これにて、当事者は出揃った。それでは、只今を以って正式に、尋問会を開催する!」

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