第六章四節 ヴァイスの覚悟

「ヴァイスてめえ……一体何のつもりだよ?」


 ようやく龍野を目覚めさせたヴァイス。同時に、龍野に正座させられていた(ベッドの上だから、大して痛くはないが)。


「うふふ……私の胸に触れて顔を真っ赤に染めるということは、龍野君はちゃんと私を“女”として意識しているのよね?」

「何が言いてえんだ?」

私に惚れなさい・・・・・・・。そういうことよ」

「ごめんだね。覚悟も出来てねえのに、そんなことは決められるか」

「うふふ。はっきりしたその性格、好きよ」

「へいへい……(あれ、ヴァイスいつからこんな大胆な性格になったんだ!?)」

「それよりも、食事があるの。私は城でとってくるから、龍野君は好きなものを食べてね」

「わかった」


 多少強引ではあるが、正座の縛めを逃れたヴァイス。


(ああ、少し脚が痺れるわ……)


 ヴァイスは“楽園”を出て、食堂へ向かうことにした。


     *


 一時間後。

 食事と腹ごなしを済ませた龍野の元へ行くために、ヴァイスは再び“楽園”に入った。


「龍野君」

「何だよ、ヴァイス」

「ちょっとついて来てほしいの。いいかしら?(ほっ。私の予想通りね)」


 ヴァイスと龍野は、“楽園”の海岸を散歩していた。


「ついて来てほしいって……散歩にかよ?」

「いいえ、本題は別にあるの。ゆっくり歩きながら、話しましょ」

「へいへい」


 何とか龍野を言いくるめる。

 しばらくして二人は、神殿裏の丘のふもとに来ていた(神殿は高い丘の上にある。ちょっとした山くらいの大きさ)。


「さて、ここでいいわね」

「何だよ。つーか俺達以外誰もいねえのに、何でこう……密会みたいなこと、してんだ?」

「雰囲気というのは大事なものなのよ、龍野君」


 ヴァイスはぴしゃりと、龍野の疑問を遮る。そして、本題を切り出した。


「それで、本題……なんだけど」


 龍野は言葉を返さない。代わりに、首を縦に引いた。「いいぜ」ということだ。

 その意思を受け取ったヴァイスは、言葉を紡ぎ始めた。


「私がこの“楽園”を作ったのはね、龍野君。『セーフハウス』という、いつであっても逃げることのできる拠点を意味する言葉があるのだけれど……それを貴方のために用意した、ということなの」


     *


(え? う……嘘だろ、ヴァイス!?


 三年間……魔力を、、っていうのか……!?


 いや待て、ヴァイスが俺へ抱く、何か大きくて特別な感情があるのは前々から知ってた。だけど……俺があいつと別れてから、毎日、それも三年間かけて!?)


 突然の告白に、龍野は思考が追いつかない。


「あ、あの、さ……ヴァイス」

「何かしら?」

「その……まさかとは思うが、三年間、毎日……俺のためだけに、費やした……のか?」

「ええ」


 ヴァイスのあまりの即答ぶりに、は何も言葉が出ない。

 凄まじい勢いに、完全に呑まれている。


「貴方が私をどれだけ想ったかはわからないわ。けど、貴方と同じくらい、私も貴方を想っていたのよ。この“楽園”はその証……」


 龍野は察した。


(俺が離れた三年間、俺が彼女ヴァイスを想い、苦しんだ以上に、彼女もまた、俺を想って、苦しんでいたんだろう。

 この不完全な、けれど堅実に、着実に組み立てられたこの“楽園”が何よりの証拠だ。

 そして、毎日三食、思い浮かべればその通りに再現される食事――正確には、その機構――。ここまでしてくれる以上、彼女の熱意おもいは、本気だ・・・


 ヴァイスの思いを察した龍野は、次の瞬間、無意識に呟いていた。


「ありがとう」


 その途端に、抱擁ほうようと柔らかな言葉が返ってきた。


「貴方が一人で戦うのはカッコイイけれど、困ったのならいつでも頼りなさい。両腕を広げて、待っているから」


     *


(良かったわ。

 この様子を見ると、“楽園”についての一応の理解は得たようね)


 ヴァイスはしばらく、龍野への抱擁を続けていた。

 安堵の感情と共に。


 そして、一緒になっておよそ一時間後。


「それじゃあ、戻るわね」

「ああ」


 ヴァイスは“楽園”を後にすると、すぐさま執務室|(ヴァイスの私室)の机に向かう。


(いよいよ、尋問会のための準備が、大詰めを迎えつつあるわね)


 机上の内線電話|(昭和の黒電話を高級にしたような外観)を手に取り、シュシュの執務室へと掛ける。


「もしもし、シュシュ? 尋問会の書類の手伝いをしてほしいのだけれど……」


 いよいよ、尋問会当日を迎える。


(そういえば、龍野君には言っていなかったのだけれど……今の“楽園”の設定はのよね……。

 まあ龍野君の生活ペースなら、その時には朝食を済ませているのでしょうけれど)


 ヴァイスは伝え忘れた事柄を思い浮かべながら、会の準備に入った。


     *


 朝食を済ませて一時間後。

 龍野はヴァレンティア城内にいた。


「起きたかしら、龍野君?」

「ああ……あれ、“楽園”は?」

「『収容期限を過ぎたから、追放させられた』わ」

「そんなもんなのか」

「私がそう設定したからだけどね」

「まあ、いつまで経ってもダラダラしてちゃいけねえわな」

「ええ、そうね。それはともかく、龍野君」

「何だ?」


「今日は尋問会開催日よ。覚悟は出来て?」


「あぁ……って、見たことをそのまま話せばいいんだろ?」

「その通りよ」

「であれば、問題無いわね。あ、そうそう、既に尋問会終了後二十四時間先までの休戦協定は結ばれているから、戦闘の心配はしなくていいわよ」

「わかった」

「後は騎士服を着て、車に乗ってもらうだけね」

「あいよ。ところで、会場は?」

「ヴァレンティア国内某所、とだけ伝えるわ。最重要機密なの」

「了解」


 龍野は歯を磨き、騎士服を着て身だしなみを整え、ヴァイスの案内する車に乗せられた。

 道中アイマスクを渡され、装着した龍野は、いつの間にか眠りに落ちた。

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