第六章三節 尋問会

 龍野が“楽園”に導かれてから、四日後。


「そろそろ、このスタイルにも慣れてきたが……。やっぱり、何もしないのに食事が出るというのは、慣れねえな」


 朝食を食べ終え、腹ごなしに“楽園”を再び見て回る龍野。


「つーか……よくこんなもん作ったな、ヴァイス。俺と離れていた三年間、一体何をやってたんだ?」


 神殿から下り(“楽園”内での標高らしきものは、龍野の生活の場となった神殿が一番高い)、海岸をぐるりと一周するように見て回る龍野。

 “楽園”自体の広さは大したことなく(およそ200メートル四方程度)、十分少々で一周し終えた龍野は、再び神殿へと戻る。


「さて、筋トレするか……ん?」

「おはよう、龍野君。もう起きて、食事を済ませてたのね」

「ヴァイス……?」


 いつの間にやら、ヴァイスが来ていた(“楽園”は本来ヴァイスのものなので、当然といえば当然なのだが)。


「龍野君。連絡事項があったので、参りました」


 唐突に、丁寧な口調になるヴァイス。


「な……何だよ?」

「以前会った、『闇』……崇城麗華たかぎれいかを覚えているかしら?」

「ッ……」


 龍野にとってその名前は、許し難い相手を象徴するものだ。たちまち龍野のこめかみに血管が浮かぶ。


「覚えているみたいね。続けるわ。その崇城麗華なのだけれど、三日後に尋問会を開催することになったの」

「尋問会?」

「協定違反……ルール違反がこの戦争で起こった場合、違反者を処罰するかどうか、また処罰するとしたらどのような制裁とするかを決める会よ。龍野君に言ったわよね? 『いずれ力を貸してもらう』と、ね」


 ヴァイスは龍野と目線を合わせ、確固たる意志を秘めた声でそう告げた。


「そのときに出席してもらうわ。記憶のままを話して頂戴」

「証拠とかは……いいのか?」

「心配しないで。証言すら証拠となるように、発言の真偽を判定する魔術が常に掛かっていて、嘘を絶対につけないようになっているから」


 それは怖いな、と龍野は身震いしながら納得した。


「それじゃあ、三日後に改めて呼び出すわ。それまでリハビリを続けててね」

「ああ」


 必要事項を告げたヴァイスは、即座に“楽園”を去ったのであった。


     *


「お父様、連絡が終了しました」

「ご苦労、ヴァイス。む、どうやら不服そうだな」


 ヴァイスの様子をいぶかるエーデルヘルト。それも道理であった。

 というのも、ヴァイスにとっては、いくら公正を期すための尋問会とはいえ、ヴァイス達『水』の私情で龍野を巻き込むのは、流石に良い気分ではなかったのである。


「はっきり申してみよ。言われなくては、私も気分が良くないのだ」


 ヴァイスが何か意見を抱えていることを、エーデルヘルトは見抜いている。


(仕方、ありませんか)


 ヴァイスは覚悟を決め、エーデルヘルトに向き直った。


「お父様。やはり私達の都合で、尋問会に龍野君を巻き込むのには賛成出来ません」

「ふむ、予想通りだな。その言葉が投げかけられると思っていたぞ、ヴァイス」

「ですが、あの場所にいた、私達の陣営側の証人が龍野君しかいないのも、また事実。それがわかっているゆえに、私の気分は落ち着かないのです」

「ならば……とも言えぬな。お前の心情を理解できないでもない。取るべき手段は一つだというのに、それすら雲がかかるか」

「ええ……私のわがままであることは、承知しております。ですが……」

「次期女王|(ヴァレンティア王国では、王と女王が夫婦共同で公務に就く)となるには、その気持ちを整理するすべも必要だ。お前は今日の務めを果たした。一人ゆっくり、自身の心を整理するが良い」

「はい、お父様」


 ヴァイスはエーデルヘルトの許しにおいて、部屋を後にする。

 そのまま自室に入り、椅子に腰掛けて天井を仰ぎ見た。


     *


 夜十時。


(龍野君の事が、心配になってきたわね……。

 龍野君を驚かせることになるでしょうけれど、ちょっとだけ、様子を見ましょうか)


 ヴァイスは心の中で念じると、意識と体が浮遊した感覚を得る。

 そして目を開けば、“楽園”に入っていた。


(さて、神殿に向かいましょうか)


 しばらく歩くと、龍野の姿を発見した。

 疲れからか、ぐっすりと眠っている。


「りゅ~うやくんっ……あら、眠ってるわね」


 そのとき、ヴァイスのイタズラごころが騒ぎ出した。


うふふ、貴方は一度眠れば、殺気が無い限りは起きないこと、知ってるわよ。龍野君)


 程なくして、ヴァイスも眠りに落ちた。

 小悪魔の心を抱えたまま。


(龍野君と城の皆様の双方に対して、明日の朝、どう言い訳しようかしらね? うふふふふ)


     *


 朝。


 幸運にもヴァイスは、龍野よりも早く起きることができた。


(うふふ、龍野君。貴方は起きたら、どんな表情をしてくれるのかしら?)

「ん……。ふあ~あ……」

(そろそろ私に気付く頃ね。ああ、ゾクゾクするわ……うふふ♪)

「ん、ヴァイスか……おはよう……」


 あら、拍子抜け……では、ないわね。みるみるうちに目が丸くなっていくわ。


「ああ!? お前、どうしてここにいるんだよ!?」

「昨日はお楽しみだったわね」

「も、妄想だろ!? 俺に覚えはねえぞ!」


 顔を真っ赤にして、必死に否定する龍野。


(からかいがいがあるわね。どこまで許されるのか、試してみましょうか。ふふっ♪)


 だがその姿を見たヴァイスは、ますます心の中の小悪魔を育てた。


「あら、そんなこと言うの? 昨日は凄かったわよ、顔を真っ赤にして、ケモノのように……。あぁ、思い出すだけで……」

「冗談はよしてくれ! 俺に記憶は……」

「あら、そんなこと言うのね?」


 ヴァイスは龍野の右手を取る。


「な、何のつもりだよ、ヴァイス!?」

「オ・シ・オ・キ・よ、龍野君!」


 そして龍野の手がヴァイスの胸に、軽く、けどしっかりと触れるように押し当てる。


「や、やや、やめ……かはっ……」


 龍野は恥ずかしさのあまり、脳が熱暴走して気絶した。


(残念。

 いつになったら、私好みのケダモノに仕立て上げられるのかしらね)


 ヴァイスは名残惜しくも、気絶した龍野の意識を呼び戻すことを始めた。

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